5ちゃんねる ★スマホ版★ ■掲示板に戻る■ 全部 1- 最新50  

■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています

■■ウォーゲーム 議論板■■

1 :NPCさん:2001/07/25(水) 16:14
ウォーゲーム・シミュレーション総合からの派生スレです。
とことんまで議論したいかたは、こちらでおねがいします。

■■ウォーゲーム・シミュレーションゲーム総合■■

http://cocoa.2ch.net/test/read.cgi?bbs=cgame&key=980165002&ls=50

2 :NPCさん:2001/07/25(水) 16:39
>「ウォ−」ゲームなら戦争を《モチーフ(あるいはテーマ)》としたゲーム
「シミュレーション」ゲームというのは対象物をシミュレーションする
事を《目標》としたゲーム

助詞等の定義も必要なんだな?以下も定義せよ>ハナザー

「、」、なら、を、《、(、あるいは、)、》、とした、
というのは

3 :NPCさん:2001/07/25(水) 17:32
もうハナザーかまうな。

4 :NPCさん:2001/07/25(水) 17:48
>>3
別スレだし叩いてるわけでもなしかまわんじゃないか。
そこまで嫌がる理由が知りたいが?

5 ::2001/07/25(水) 18:41

■■ウォーゲーム・シミュレーションゲーム総合■■
http://cocoa.2ch.net/test/read.cgi?bbs=cgame&key=980165002&ls=50
のスレッドにおける、
>>294のハナザー氏の疑問に対する私の回答を以下に述べさせていただきます。
ちょっと長くなりますが、ご容赦下さいませ>皆様
たたかれることを覚悟で、固定ハンドルにいたします。

----------------------------------
>>294>1.語をあまりにも適当に使用している人が多すぎるのではないか?

このことについては、2つの理由が関係していると考えています。

1つめの理由は、>>356のレスにもあった、
「シミュレーションゲームはウォーゲームという言葉が日本では、
 語感が悪いために言い換えたものに過ぎない。」
ということです。私もそう思っていました。
1980年代前半に一時期、「戦争をゲームにするなんて、とんでもない!」
という風潮が日本で広まった時期があったのを覚えています。
これをきっかけに、「ウォー」という言葉を用いない
「シミュレーションゲーム」という言葉が、より好んで使われ始めました。

6 :卓2:2001/07/25(水) 18:54
2つめの理由ですが、SPIゲームの台頭です。
ほぼ同時期に、「より史実をシミュレートする」ことをうたい文句にした
SPIゲームが台頭し、「ウォー」よりも「シミュレーション」のほうが、
より高級で上等だという印象・インパクトをゲーマーに与えました。

これらの二つの理由によって、次第に、
「ウォーゲーム」よりも「シミュレーションゲーム」という言葉に
より魅力を感じるゲーマーが増えてきたと考えています。

7 :卓3:2001/07/25(水) 18:54

ハナザー氏自身がこの疑問1を持っていらっしゃる理由は、
ハナザー氏自身、この二つを混同しているからではないかと考えています。
1つめの理由で「シミュレーション」という言葉を使っている人に対しては、
2つめの理由をいくら説明しても、なかなか同意は得られないでしょう。

また、ハナザー氏自身が「シミュレーション」の言葉を使う理由は、
長い議論から察するに、おそらくこの2番目の理由に基づくものだと推察しますが、
この2番目の理由2が妥当であるかどうかは、
これまでの長いSPI vs AHゲームの歴史の中でも、
何度も議論されてきたものです(今でも続いていますね)。

8 :卓4:2001/07/25(水) 18:55

----------------------------------
>>294>2.「ゲームとしての面白さ」を追求するのなら、
>>294>「ウォー(テーマとしての「戦争」)」ゲームにこだわる必要は無いのではないか?

私はゲームが好きなので、「いわゆるドイツ系ゲーム」もいくつかプレイしてみましたが、
面白いウォー(シミュレーション)ゲームに匹敵するドイツ系ゲームには、
まだ出会っていません。ドイツ系ゲームが台頭してきたのは、ヨーロッパでも
この10年ほどのような気がします。ゲーム好きという歴史はあるのでしょうが、
名作と呼ばれるカタンでも、1995年ゲーム大賞ですから、ごく最近のことです。
また、ゲームとしての面白さなら、日本の伝統ゲームの将棋をはじめ、
チェス、バックギャモン、碁、中・大将棋など、ドイツ系ゲーム以上の
面白さを有しているゲームはたくさんあります。

9 :卓5:2001/07/25(水) 18:56

ウォーゲームには、それらの過去の名作ゲームに加えて、
やはり、テーマとして戦争を扱っていることによって、
人間の興味を引き、遊んでみたいと思わせるなにかのプラスアルファが
あると考えています。だからこそ、いまだウォーゲームで遊んでいるファンが
世界中にいるのだと考えています。

また、ドイツ系ゲームに関心を向けない
「ゲームとしての面白さを追求するウォーゲーマー」が多くても当然だと思います。
ウォーゲームとドイツ系ゲームは、何か方向性がまったく違いますから。

10 :卓6:2001/07/25(水) 18:56

----------------------------------
>>294>3.まがりなりにも「戦争」をモチーフとするのに
>>294>「ゲームとしての面白さ」を主目的とする事に、違和感は無いのか?

疑問1での1つめの理由にも関連しますが、
このような雰囲気が社会にあったから、「シミュレーション」という言葉が
「ウォー」の代わりに使われ始めた、、という部分があると思います。
しかし、この理由で「シミュレーション」という言葉を使っている人たちは、
ただ単純に、「ウォー」の代わりに「シミュレーション」という言葉を
使っているだけですので、シミュレーションの語彙の意味などを説明しても、
徒労に終わると思います。

11 :卓7:2001/07/25(水) 18:57

また、この疑問3についての私自身の回答ですが、
ハナザー氏の仰る「違和感」は、おそらく
私自身、常に背中に感じているように思います。
また、ある意味、それが、ウォーゲームの魔力みたいなものに
つながっているようにも思います。

ただ、日本では戦争に負けたためか、
戦争を蛇蝎のごとく嫌う人が多いのですが、
そもそも、本来、戦争は人間の営みの一つであり、
古来より、古代ローマ、中国の例をひくまでもなく、
国家に許された一つの権利・手段として
世界的歴史的に、その正当性が広く認知されてきています。
また、日本国内の歴史も、ほとんど争いの歴史です。
また、勝ち戦については、ポジティブな評価が
なされている場合が内外問わず多いですよね。
この理由は、もちろん勝った方が歴史を作ることができるためです。
また、ケンカだって戦争の一種ですよね。
規模は小さく、国家間ではなく個人間で生じますが。

12 :卓8:2001/07/25(水) 18:58

このように戦争は、

・人間の営みとは本来切り離せない本質的なもの

・戦争においては人間のサガというものが余すところなく表に出てくる

ため、人間の行動や考え方、歴史などを研究するには、
もってこいの材料です。
(日本ではあまりこういう考え方は奨励されない様子ですが)

13 :卓9:2001/07/25(水) 18:58

もちろん戦争は、多くの悲惨な出来事を生みます。
多くの人が死にます。そのため、
理性を持って、戦争をコントロールする試みが
第二次大戦後、行われるようになってきました。
これはとてもすばらしいことです。
しかし、どの国も、他国には侵略されないだけの
最低限の軍備を持つことは、今でも許されています。
そして、このことすら禁止される日は、
おそらく永久に来ないと思います。
なぜなら、だれでも、不当に攻撃されたら
反撃できるだけのパンチ力くらいは
常に持っていてしかるべきだからです。
たとえ、それを使用することが、トラブル(戦争)を生む事に
なったとしても、、です。
もし日本が、とんでもない国々に囲まれていたならば、
この問題は、もっと切実になったはずです。

14 :卓10:2001/07/25(水) 18:59

ちょっと話がそれたかもしれませんが、
この疑問3に答えるためには、
戦争という命題をどう捉えているかという問題を抜きにしては
語れないと思いましたので、自分の戦争に対する考えを
少し書いてみました。

ハナザー氏の仰る「違和感」を背中に感じつつ、
すなわち、「戦争」の持つ業の深さを背中に感じつつ、
それでも、遊んでしまうのが私にとってのウォーゲームです。

15 :卓11:2001/07/25(水) 19:00

>>294>以上3点に関して私は色々な場で解答を求めましたが、
>>294>今のところ満足できる解答をいただいておりません。

「回答」でなく、「解答」と書いているところが、すごいというかなんというか。
ハナザー氏は意図して書いているのでしょうか、、
この問題に「解答」なんてあるの?

ちなみに、上の文中での私の語の用い方(あるいは定義):
回答:返事、responce
解答:解、solution

16 :(・∀・)イイ!!:2001/07/25(水) 21:38
武器を使って大量殺戮するのは、
実際には不可能なので、
バーチャルで殺しまくるのは(・∀・)イイ!!

それだけだとサカキバラ君になってしまうので、
歴史のお勉強にもなるウォーゲームは(・∀・)モットイイ!!

んでもって、一人だと自分が変態かなと思ってしまうので、
ゲームサークルで集団で楽しむと(・∀・)モットモットイイ!!

ファミコン厨房とは違うぞというスタンスで(・∀・)カクイイ!!

17 ::2001/07/25(水) 22:07
>>16
ウム、当時から、このような中傷はありましたから。

こういうことを言う人はいつでもいて頭にはきますが、
言っている内容は、ある意味普遍性のあること
(いつの時代でも言われる)だと思いますので、
言われている内容のような人にはならないようにしたいと
思っています。

18 :NPCさん:2001/07/26(木) 00:23
卓さん、モヤモヤとしていた部分をうまく解明・文章化してもらったという感じです。
「戦争=絶対悪」というねじまがった敗戦文化が根付いてしまった国では
ハナザーのような考えに到ってしまうのかもしれません。

19 :NPCさん:2001/07/26(木) 00:32
>>18
そこまで行くとイイガカリめいています。
と言うかハナザー氏の問題から離れてますよ。

20 :NPCさん:2001/07/26(木) 00:41
>>19
ここは議論の掲示板です。ハナザー掲示板ではないですよ?
どのあたりがイイガカリでしょうか?

21 :NPCさん:2001/07/27(金) 02:24
結局、定義はできんのか?>ハナザー
他人に定義を強要するのはもうやめろ。

22 :NPCさん:2001/07/27(金) 15:26
It is easy to ask the definitions.
It is more difficult and time consuming to answer them.
Even if he fails to answer properly, it does not always mean that
he lose the discussion.

23 :NPCさん:2001/07/27(金) 21:22
That's right.
By the way, do you have some idea for defining
a war game or a simulation game?
In my opinion, Mr. Hanazer's definitions is too misleading.
According to his terminology, it is easy to misunderstand
that "War game" and "Simulation game" is different in
a type, not a side of game.

24 :NPCさん:2001/07/27(金) 23:37
ハナザー理論は独善である。

25 :NPCさん:2001/07/28(土) 21:57
わざわざ議論版を作ってもらったのに、他を荒らしまわるとはサイテーだな。
>ハナザー
まあ荒らしだから当然の行動か。
よっぽどウォーゲームをつぶしたいようだな。

26 :NPCさん:2001/07/30(月) 15:39
戦争は人類に不可欠である。
地球は資源は、国土は領土はすべては有限である。
それゆえ人はあらそうのである。
すなわち人類の天敵はなんと人類しかいないのである。
狡猾な人類をその天敵人類が殺すためにサリン、中性子爆弾、細菌兵器、プラズマ
が有効な手段となろう。
有限の地球により多くの遺伝子を残すべく、もっと繁殖したいのは人の性である。
もう人口爆発はとめられぬ。
lim2^n→∞にはならぬ。地球は有限だからである。そこで戦争が起こるのである。
n→∞
食えない人間に理性なし。獰猛な肉食獣と化し、人を食わずに殺し、殺して
余った食い物を得るのである。そして、殺した、勝ったものが、有利な
条件で繁殖できるのである。
その証拠は人類の歴史は戦争の歴史であるという一般原則により明らかである。
勝ったものだけが、繁殖でき、未来に遺伝子を残せるのである。
勝ったものだけが、豊満な肉体、オッパイ、しなやかな女体と戯れるのである。
勝ったものだけが、オッパイもみもみできるのである。
勝ったものだけが、ちんこ入れて官能を味わうのである。

すなわち戦争は生きる手段で必要不可欠なのである。
すなわち戦争は善である。
テロも同じである。
すなわち地下鉄サリン事件も善である。
すなわち宅間の猟奇的殺人も善である。
すなわち和歌山カレー事件も善である。
すなわち酒鬼薔薇聖徒事件も善である。
すなわちネオ麦茶バスジャックも善である。
すなわち将棋倒しで死ぬのも善である。

おお神よ、人はなぜこうも争うのですか?
神よ、なぜこのような試練をお与えになるのですか〜

27 :NPCさん:2001/07/30(月) 16:51


28 :NPCさん:2001/07/30(月) 18:16
>>256
おお神よ、人はなぜこうも争うのですか?
神よ、なぜこのような試練をお与えになるのですか〜

きみがうんこだから

29 ::2001/07/30(月) 19:25
>>26
はいはい
ただ、このようなことを書くことが、
すなわち、ケンカ(戦争)の始まりにつながることを
>>26さんは、覚えておいてください。

たしかに、人間の無力さは書かれているとおりです。
でも、より大事なことは、無意味なケンカ(戦争)を防ぐために
我々は何ができるのかを考えることだと思います。
そのために人間は、神から理性を授かっているはずです。
神に嘆くばかりではなく、授かった理性を使いましょう。

30 :卓1:2001/07/30(月) 19:55
ハナザー氏からの返事がなかなか来ない様子ですが、
「シミュレーションゲーム」と「ウォーゲーム」の定義について
私なりの考えを述べさせていただきます。
また、長くなりますが、ご容赦いただけましたら幸いです>皆様

なお、これは私自身の考えです。
違った考えを持っていらっしゃる方も多いと思います。
ご批判なりをいただけましたら幸いです。


さて、私自身は、>>5の理由1にも書きましたように、
「ウォー」の代わりに単純に「シミュレーション」という言葉を
普通使っています。しかし、時には、
理由2のような意味で「シミュレーション」という
言葉を強調して使いたい場合がでてきます。

31 :卓2:2001/07/30(月) 19:56
そんな場合、私は、「シミュレーションゲーム」の代わりに、
「何々シミュレーション」という言葉を用い、
「ゲーム」という語と「シミュレーション」という語を
同時には用いないようにしています。

なぜなら、「シミュレーション」という語は、そもそも、
「モチーフ(興味の対象)」ではなく、「手段(実行の方法)」
に属するためです。以下に簡単に例を示します。

 モチーフ(興味の対象):
   戦争、スポーツ、恋愛、探検、ファンタジー

 手段(実行の方法):
   ゲーム(競技)、シミュレーション(模擬演習)

したがって、「モチーフ」から一つ語を選び、かつ
「手段」から一つ語を選んで組み合わせることで、
意味のある語を一つ作ることができます。

32 :卓3:2001/07/30(月) 19:57
ところが、「シミュレーションゲーム」という語には、
「手段」に属する語が二つ並んでいるだけで、
「モチーフ」に関する語が全く含まれていません。
つまり、言葉としては、それだけでは対象が絞り込めない、
かなり曖昧な語なのです。したがって、厳密には、
シミュレーションという語はモチーフに属する語と組み合わせて、
ウォーシミュレーション、探検シミュレーション
などのように使うのが、正しい使い方だと考えています。

33 :卓4:2001/07/30(月) 19:58
また、もうひとつ、この「シミュレーションゲーム」という言葉には
困った側面があります。その理由は、
「シミュレーション(模擬演習)」という語は、
「ゲーム(競技)」という語と、
そもそも、「手段」の内容の性格がまったく異なるからです。

「シミュレーション」という語と「ゲーム」という語、
二つの相対する「手段」に属する語を組み合わせることで、
その内容を的確に捉えることが難しくなり、
混乱が生じやすくなってしまうのです。

34 :卓5:2001/07/30(月) 19:59
シミュレーションは、現実をある仮定のもとでモデル化し、
そのモデルに未知の動作を加えて実行する事で、
その結果何が起るかを検証するために一般に用いられます。
動力学シミュレーション、地震シミュレーション、
経済シミュレーション、、、など、科学技術研究には欠かせない方法論です。

例えば戦争シミュレーションの場合、
なにも変わったことをしなければ史実通りの結果が得られるのが、
優れた戦争シミュレーションと位置付けられるかと思います。
そのような戦争シミュレーションをあらかじめ作っておいて、
史実とは異なる戦術をとった際に結果が史実とどう変わったかなどを
検証することが戦争シミュレーションの目的となります。

あるいは、軍における机上演習のように、
あらかじめ厳密にモデル化を行ったのちに様々な演習を行って、
どのような結果になるかを予測・検討し、
実際の作戦を立てる際の資料として用いられます。

35 :卓6:2001/07/30(月) 20:00
このように「シミュレーション」では、そもそも、
「ゲーム(すなわちプレイヤー間での競技)」の性格を
最初からまったく持っていません。
「シミュレーション」は、競技をすることが目的ではなく、
あることをした際の影響などを検証をすることが目的だからです。
純粋なシミュレーションの場合、当然、
ゲームバランスなどは度外視されます。

36 :卓7:2001/07/30(月) 20:01
一方、「ゲーム(競技)」とは、
通常複数以上(場合によっては一人)のプレイヤーによって行われ、
どのプレイヤーにも勝つチャンスがあり、勝利目的のために、
プレイヤー間で競われるものです。ゲームでは、したがって、
ゲームバランス(どちらにも均等に勝つチャンスがある)が
重要となります。そして、シミュレーションとは異なり、
結果の検証は通常行われません。

したがって、上記のような、「シミュレーション」と「ゲーム」という、
相対した性格の語を組み合わせた「シミュレーションゲーム」という語は、
よくよく考えてみると、じつに複雑な内容を持った言葉であることが判りますし、
長い間に渡って、プレイヤー間の議論のまととなっていることもうなずけます。

37 :卓8:2001/07/30(月) 20:03
もちろん、「シミュレーションゲーム」は、

  現実とどの程度異なった結果となったかを検証でき、
  かつゲームとして、プレイヤー間で勝ち負けを競える

という、両面を備えたものだと考えることもできます。
しかし、この両面、すなわち、
史実を再現したりひるがえしたりするリアリティを備え、
かつ競技としてのゲームバランスが十分取れているものを作ることは
困難なことであることが多いので、通常は、

  ゲームバランスが非常に悪いシミュレーション
  シミュレーションの味付けに乏しいゲーム

のいずれかに偏ってしまうことが多いと思います。

そして、あるゲームが、ゲームに偏っているのか
シミュレーションに偏っているのかの判断は、
人によって微妙に異なる場合があるため、
プレイヤー間での誤解のもとになってしまうのです。

38 :卓9:2001/07/30(月) 20:05
この、ループにも似た状況を打破するには、私の考えですが、

 シミュレーション派は、「ウォーシミュレーション」という語を用いる

 ゲーム派は「ウォーゲーム」という語を用いる

ようにすると、少しはお互いの誤解が少なくなるのではと考えています。
いかがでしょうか?>ハナザー氏

39 :NPCさん:2001/07/30(月) 22:17
現状では、市販されているものはすべてゲームであると思います。
(ほぼ全てがウォーゲーム。)
シミュレーションは販売されていないのではないでしょうか?
その前提からすると「ウォーシミュレーション」というのは存在しない
ということになると思いますがいかがでしょう?>卓さん

40 :卓1:2001/07/30(月) 23:21
>>39
レスありがとうございます。
はい、おっしゃるとおり、
おそらくすべてのウォーボードゲーム関連製品は、
「ゲーム」という文字が冠されて販売されてきたかと思います。
その意味では、厳密には、「ウォーシミュレーション」は、
製品としては存在しないのでしょう。

41 :卓2:2001/07/30(月) 23:22
ただ、これも私の考えなのですが、
「ゲーム」の文字が、箱や説明書のどこかに冠されている製品であるならば、
その製品は、やはりゲームとしての特性をある程度は備えているべきだと思います。
言いかえれば、ゲームとして販売する以上は、
ある程度はプレイテストを行い、
プレイバランスやプレイアビリティについて、
ある程度練りこんだ製品を、
販売側は販売するべきではないかと考えています。

42 :卓3:2001/07/30(月) 23:23
しかし、これまでの現状では、
毎度SPIゲームの例で申し訳ないのですが、
・プレイバランスが極端に悪いもの(Hof Gapなど)、
・ルールが複雑過ぎてうまく遊べないもの(Air War、City Fightなど)、
・スケールが大きすぎてうまく遊べないもの(War in Europeなど、だったかな)
など、個人的にはどうしてもゲームとは呼べない代物も発売されていました。
SPIゲームは結構好きだったのですが、個人的には、
「これはやっぱりゲームじゃなくてシミュレーションだよなー」
と思っていました。

43 :卓4:2001/07/30(月) 23:23
その後、SPIゲーム開発に関する記事や情報を耳にする機会があり、
SPI開発陣は、
「プレイテストに時間をかけるよりは、その時間を
 次の作品作りに注ぎ込みたい」
というようなスタンスを持っていたらしいということを耳にして、
やはり

  彼らは、プレイバランスを調節した「ゲーム」を製作するつもりはさらさらなく、
  ただシミュレーションへの情熱に突き動かされて製品を開発していたのだな、

と結論するに至りました。

44 :卓5:2001/07/30(月) 23:24
したがって、私の考えですが、

  SPIゲームは、製品をゲームとして販売するべきではなかった。
  SPIほどのエネルギーのある集団なら、「ウォーゲーム」ではなく、
  「ウォーシミュレーション」という新たなジャンルをコンシューマーに
  認知させることが出来たかもしれないのに、ただ、コンシューマーを
  混乱に導いただけだった。
  SPI社が本来シミュレーションとして発売するべきだった製品群を、
  ゲームとして発売したことによって、
   1)ゲームと名打ってはいるが、
     ほとんどプレイテストされてない製品群が
     ショーケースに並び、
   2)ゲームを期待した多くの初心者を落胆させ、
   3)その後の長い議論につながる、
     「シミュレーション」と「ゲーム」の無用の混乱を生み、
   4)かつ、後続のゲーム開発会社に、
     プレイテストが不充分な製品を出荷する事へのよい口実を与え、
   5)その結果、出荷される製品のゲームとしての質がさらに低下し、
   6)ひいてはこのホビーそのものの衰退を招いた。

というのが、私のこれまでのウォーゲームシーンの認識です。
そして、ある製品がゲームとして発売されるならば、
お金を払うだけの価値のあるプレイアビリティやプレイバランスを
製品に要求したいというのが私の考えです。

というのが私のスタンスですが、いかがでしょう

#なお、私のPCからは、一度に長い文章を入力しようとすると、
#エラーメッセージが表示されてしまうので、
#いつも分割して記事を投稿することになってしまい、
#大変申し訳有りません>皆様

45 :NPCさん:2001/07/30(月) 23:42
パソコンの硬派ウォーゲームにはもうかなわないでしょう?
ゲームデザイナーとしての収入だって桁違いでしょ?

46 :卓6:2001/07/31(火) 00:09
よって、
>>39さんへのお答えですが、シミュレーション派が、
(もっとも、シミュレーション派に限らないですね。両者がというところでしょうか)
意識して「ウォーシミュレーション」という言葉を使っていくことで、
少しずつ、シミュレーション派とウォーゲーム派の互いの意思疎通や議論が、
より建設的なものになっていくのではないかと考えています。

それと、いつもハナザー氏ばかり指摘して恐縮ですが、私自身、
ハナザー氏がご自身のレス中でよく使用される「シミュレーションゲーム」という
言葉を、どう捉えたらよいか戸惑うことが結構多いのです。
そこで、ハナザー氏が、「シミュレーションゲーム」という言葉の代わりに
「ウォーシミュレーション」という言葉を使ってくださるだけで、
ずいぶんと、私自身、ハナザー氏が主張したいことをより汲み取れるような気がします。

また、ハナザー氏がいつも使っている「シミュレーションゲーム」という言葉は、
>>5の「理由1」で使っている人も多いと思われますので、
「理由1」と「理由2」の間での無用の混乱を生じ易い言葉です。

ですから、古参者と呼ばれるハナザー氏に、とくに、
「シミュレーションゲーム」の言葉の代わりに、
「ウォーシミュレーション」という言葉を
使ってほしいという気持ちがあります。

もう一つ言えば、ハナザー氏がこの「シミュレーションゲーム」という言葉を用いる限り、
今後も、多くのゲームファンを無用に戸惑わせることにつながってしまい、
そのことで、またループ議論が延々と繰り返されることに
なってしまうのではないかと思っています。

47 ::2001/07/31(火) 00:11
>>45
Windowsが広まって久しく、
共通のOSプラットフォームが確立されたためか、
最近のコンピュータウォーゲームの発展ぶりには
目をみはらされています。

48 ::2001/07/31(火) 00:15
>>45
なお、PCやファミコンなどに
ボードゲームが駆逐されたという一面は、
たしかにあったと思います。

49 ::2001/07/31(火) 00:21
なお、ヨーロッパでは、
日本でのいわゆる「シミュレーションゲーム」が、
「ストラテジーゲーム」と呼ばれているということを
聞いたことがあります。

50 :NPCさん:2001/07/31(火) 00:33
英国で War game というとミニチュアゲームですね.
そこら辺のすり合わせを考え出すときりがないような気もします.
ある程度は和製英語としての通用性も勘案するのも有効だと思います.

51 :ハナザー:2001/07/31(火) 02:16
>>41 卓さん

> 「ゲーム」の文字が、箱や説明書のどこかに冠されている製品であるならば、その製品は、やはりゲームとしての特性をある程度は備えているべきだと思います。

 「ゲームとしての特性」との事ですが、「ゲーム」というのは「ルールに従った競技(プレイ)」の意味しか持ちません。ですから欧米では裁判なども「ゲーム」と表されるのです。

 もしどうしても日本的な「エンターティンメントのみに特化した、(ウォーゲームならば)思考競技(のみ)を目的としたもの」とするならば、それらを「げえむ」それらをプレイする人々を「げえまあ」とでも表記していただいた方が、よっぽど誤解が少ないと思いますが?

52 :NPCさん:2001/07/31(火) 05:53
>>51
>ですから欧米では裁判なども「ゲーム」と表されるのです。

それは初耳。
実例でも挙げてくれないと信じる気にはなれないなあ。

53 :ドキュソ侍:2001/07/31(火) 05:57
>「ゲーム」というのは「ルールに従った競技(プレイ)」の意味しか持ちません。
くそ!WWFのHHHなんかゲームだけどそんな意味じゃないよな!

54 :椅子:2001/07/31(火) 09:40
 卓氏の説明で、いかに用語が混乱しているか、頭の悪い人でもそろそろわかりそうなもんだ。ただ44番はいただけねえわ。これは一種の思考停止ですよ。1980年代の商業コピーにのせられて、いまでも考えが変わらない人間のほうが悪いんじゃ?

>「シミュレーション(模擬演習)」という語は、
>「ゲーム(競技)」という語と、
>そもそも、「手段」の内容の性格がまったく異なるからです。

 そっかね? いわゆるシミュレーションゲームやってる人間はそうは感じてないんじゃない? 卓氏自身も用語と現実が切り離されているんじゃない?

 大きな問題として、ようはハナザー含めて、誰も「シミュレーションゲーム(別なことばにしてもかまわんけど)とはこういいうものだ」って言えないのはなぜかってこと。TRPGでも同じ。でオレにもわからん。「昔やったSPI のゲームおもしろかった」「D&Dおもしろかった」「またあんなゲームないかな」とか、漠然と同種のゲームを求めている。こんな点が衰退の原因なんじゃないのかね。

55 :NPCさん:2001/07/31(火) 14:05
>>51
> もしどうしても日本的な「エンターティンメントのみに特化した、(ウォーゲームならば)思考競技(のみ)を目的としたもの」とするならば、そ
> れらを「げえむ」それらをプレイする人々を「げえまあ」とでも表記していただいた方が、よっぽど誤解が少ないと思いますが?
 ハナザーのいう、ゲームをGame、ゲーマーをGamerと表記する方が、筋が通るだろ?

56 ::2001/07/31(火) 15:55
>>54
>ただ44番はいただけねえわ。これは一種の思考停止ですよ。
>1980年代の商業コピーにのせられて、いまでも考えが変わらない人間のほうが悪いんじゃ?

たしかに、ちょっとブランクが長かったので、
当時から思考が停止してる部分は多分にあるかも、、です。

>>「シミュレーション(模擬演習)」という語は、
>>「ゲーム(競技)」という語と、
>>そもそも、「手段」の内容の性格がまったく異なるからです。
>
> そっかね? いわゆるシミュレーションゲームやってる人間はそうは感じてないんじゃない?

それも、そうかも、、です。
私も含めて、「シミュレーションゲーム」という言葉を使っている人があまりにも多いので、
私も含めて多くの方は、普段はゲームとシミュレーションの差をこのようには意識しないと思います。
ただ、今回私が、ハナザー氏を含め、皆さんに提起してみたかったのは、
 このような観点から考えてみることで、
 長らく議題となっている「シミュレーションゲーム」の言葉の定義の問題に
 取り組むための とっかかり みたいなものが得られるのではないでしょうか
というような提案です。

> 大きな問題として、ようはハナザー含めて、誰も
>「シミュレーションゲーム(別なことばにしてもかまわんけど)とはこういいうものだ」って言えないのはなぜかってこと。

そうですね。なぜなんでしょうね。

>「昔やったSPI のゲームおもしろかった」「D&Dおもしろかった」「またあんなゲームないかな」とか、
>漠然と同種のゲームを求めている。

これと同じ文面が、あるドイツ系ゲーム批評にも載っていました。
このような、ゲーム(ボード、PC、コンシューマ問わず)に関する行き詰まり感は、
確かにあるように思います。

>こんな点が衰退の原因なんじゃないのかね。

そうですね。ちょっとまた自分でも考えてみたいと思います。
レスありがとうございました。

57 :NPCさん:2001/07/31(火) 16:13
コテハンウザイ

58 :NPCさん:2001/07/31(火) 16:31
フォン・ノイマンとモルゲンシュテルンがゲーム理論によって
経済学を前進させたように、ゲームの手法(対立的な競技者が
意思決定を通じて結果を作り出していく)がシミュレーション
の方法を前進させた、なんてことをカッコつけて言うことはで
きるような。

# でもシミュレーションゲームって用語はAHオンリー時代には
# なかったんで、ゲームにシミュレーションの手法/テーマ性を
# 持ち込んだものがシミュレーションゲームと呼ばれるように
# なったということだろうね。ウォーゲームが登場した後で、
# これってむしろシミュレーションゲームって呼んだ方がいい
# んじゃない? みたいに感想を持つ勢力が出てきたというのが
# 真相のように思うな。

59 :椅子:2001/07/31(火) 21:25
>>56
卓さん、いい人だ〜。ハナザーが総合板でつまらん定義しかできなかったのでこっちで考えよう。
ってハナザーの目的とやらは他の人に考えさせることらしいんで、なんかしゃくだな。
>>58
だから歴史的にウォーゲームとシミュレーションゲームは商業目的以外に本質的な違いはなかったんだってば。

60 :NPCさん:2001/07/31(火) 21:54
>>57
ごめんなさい、自分でも、ちょいうざいなこれと思ってました。
長文書きこみ控えますね

61 :NPCさん:2001/07/31(火) 22:00
ちょっと気になったのですが、WargameはKriegspielの翻訳ですので、
1単語ですから、単にゲームという語だけを抽出してその意味を問うても、
意味がないことはありませんが、あまり本質的ではないと思います。

またウォーゲームとシミュレーションゲームは語の意味している対象が同一であり、
そういう意味では同義語で、その差異を求めることにも意義を感じません。

ウォーゲームは手段であり道具であって、そこには遊技、訓練、研究など、
さまざまな目的があり得ます。競技指向のウォーゲームも研究指向のウォーゲームも
訓練のためのウォーゲームも、デザインされた目的が違うだけで同じものだと思います。
「ゲーム派」と「シミュレーション派」が対立したりする必要も、両者を区別する必要もないと思います。

62 :NPCさん:2001/08/01(水) 00:19
>卓さんへ

SPIも、ゲームを販売していたのではないかと考えます。
しかもそれは不完全な(テストプレイ等が不十分な)ゲームをです。
(PGG等、テストプレイが十分にされたと思われるウォーゲームも
あるかと思いますが。)
ウォーシミュレーションとするにはあまりにもシミュレーション性が
低いのではないかと思います。
またシミュレーションとして考えるならば、ウォーゲーム形式の
対面プレイに限定することなく、ソロプレイ用の研究材料(?)として
の制作も可能であったのではないでしょうか?
シミュレーションでないものをシミュレーションと呼ぶのはかえって
混乱を招くと思われます。
もっともどんなものでもシミュレーションと呼ぶということにしてしまえば
シミュレーションと言えない事はないと思いますが。

またゲームの意味も色々あって制限的定義だけが唯一の正解ではないでしょう。

63 :NPCさん:2001/08/01(水) 00:26
>・プレイバランスが極端に悪いもの(Hof Gapなど)、

バランスの悪いゲーム。

>・ルールが複雑過ぎてうまく遊べないもの(Air War、City Fightなど)、

難易度の高いゲーム、ルールが複雑なゲーム

>・スケールが大きすぎてうまく遊べないもの(War in Europeなど、だったかな)

モンスターゲーム。コレクターアイテムゲーム

64 :NPCさん:2001/08/01(水) 00:27


         _ _
       〃 ∧へヽ プゥ〜ン
       |  ノノノ))〉)
      ノリゝ` ∀´ )ウンコオイシイオー
      ノノリ /⌒⌒*⌒) .λ
        | 八  r 丿 (..)
        (_)(_)__) (....) プゥ〜ン

65 :NPCさん:2001/08/01(水) 00:29
ヲタラー必死だな(藁

66 :NPCさん:2001/08/01(水) 01:06
SPIは、個別ゲーム毎にテストプレイの度合い等を明記して発売するべき
であったでしょう。
ただしそれは営業的にはありえなかったでしょうが。

67 :NPCさん:2001/08/01(水) 01:16
ハナザー氏以外の人に聞きたいのですが
日本以外でシミュレーションとゲームの論争をしている国ってあるんですか?

68 ::2001/08/01(水) 01:22
おおっ なんかスゴイことになっている!

>>62さん
>またゲームの意味も色々あって制限的定義だけが唯一の正解ではないでしょう。

そうですね。つぎの>>63さんのように
>バランスの悪いゲーム
>難易度の高いゲーム、ルールが複雑なゲーム
>モンスターゲーム、コレクターアイテムゲーム

ぜんぶゲームと呼ばれていますね
これらの例は、私自身が買ってしまって、
でも自分なりには結構楽しんだもの(ゲーム)たちです。
私も、対外的には、ゲームと呼んでます。

シミュレーションの言葉の定義とともに、
ゲームとはなんぞやということも、でてきますね。
これまたけっこう難しい問題です。

>>64
こっちも プゥ〜ン!

69 :NPCさん:2001/08/01(水) 09:25
>>67
ある。つーか自力で調べてみれ。

70 :NPCさん:2001/08/01(水) 09:39
ハナザー氏の主張どおり、シミュレーションを主たる目的としたゲーム
をそれ以外のゲームとは区別し、それをプレイするときの精神も独特な
ものが要求されると仮定しよう。そして、それをシミュレーションゲー
ムと呼ぶことにし、似非シミュレーションゲームには容赦なく似非シミュ
レーションゲームのエッテルを貼ることに多くのゲーマーが同意したと
しよう。

# 要するにハナザー氏の望んでいることが現実のものとなったと仮定し
# よう、ということ。

そのとき、シミュレーションゲーマーは何を得ることができるだろうか?

1) 似非シミュレーションゲームとシミュレーションゲームを混同され
ることがなくなり、シミュレーションゲームの価値が正当に評価される
ようになる。
2) 似非シミュレーションゲーマーとうっかり卓を囲んでしまう危険が
大幅に減少する。本物のシミュレーションゲーマーは本物のシミュレー
ションゲーマーと卓を囲めるようになる。

こんなところでしょうか。しかし、よく考えてみると、1は「誰」が正
当に評価するのかが自明ではありません。漠然と「世間が」とか「ゲー
ム界が」あたりの評価を念頭においている気がしますが、現状、本物の
シミュレーションゲームはその存在自体がほとんど認知されていません。
つまり「不当な評価」すら、事実上存在しないのです。

2について言えば、シミュレーションゲームの定義を声高に主張せずとも、
単にシミュレーションゲームの魅力や意義を「説得力あるかたち」でアピー
ルすれば、自然とついてくることです。単なるゲームとしてではなく、シ
ミュレーションゲームをシミュレーションゲームとしてプレイすることに
どのような魅力と意義とがあるのかを自然にアピールできるなら、自然と
プレイヤーを獲得できるでしょうから。

言ってみると、ハナザー氏のアジテーションは、ほとんど無用であって、
彼のなすべきことは本物のシミュレーションゲームの復興ないし創造のた
めの具体的な行動なのではないでしょうか。

71 :NPCさん:2001/08/01(水) 18:20
ハナザーはウォーゲーム、シミュレーションゲームを潰そうとしている。
排除したり、攻撃しているのがその証拠。

72 :赤影1号:2001/08/02(木) 12:34
>67
日本以外では聞いたことはないです。
海外では、ウォーゲーム、またはゲームというジャンルが普通です。


#シミュレーションゲームは古くは軍師、新しくは軍事研究家あたりが
研究(史実+IF)の為に行ったのが由来するらしい。
#ウォーゲームはミニチャア系ゲームからでてきた言葉みたいです。
最盛期はナポレオン時代みたいです。

73 :NPCさん:2001/08/02(木) 13:19
>>72
#シミュレーションゲームは古くは軍師、新しくは軍事研究家あたりが
研究(史実+IF)の為に行ったのが由来するらしい。

これもウォーゲームと呼んでいたのではないだろうか?

シミュレーションゲーム呼称の起源は、コンピュータゲーム?

74 :NPCさん:2001/08/02(木) 17:57
>>72
SPIがSimulation Publication Inc.であったことをお忘れ?
彼らは自分たちのゲームをConflict Simulation Gameと呼ん
でいたよ。ゲーム性とシミュレーション性の対立についても、
彼らのゲーム雑誌、S&TやMovesを読めばしばしば議論になって
いた。そこんところ4649

75 :NPCさん:2001/08/02(木) 18:09
>>73
>シミュレーションゲーム呼称の起源は、コンピュータゲーム?

ダサッ! 一般にシミュレーションゲームの嚆矢と考えられている
Avalon HillのTacticsのリリースは1952年。
世界最初のコンピュータゲームAtari Pongのリリースは1972年。
世界最初のパーソナルコンピュータAltair 8800のリリースは1975年。
そりゃ、もちろん、それ以前にも大型機でゲームが遊ばれていたのは
事実だよ。でもねー、1952年当時のコンピュータがどのようなもので
あったか調べてみたら、Tacticsレベルの戦争シミュレーションを運
用するのに幾らかかるか想像つくだろう。

# たぶん、今日の金銭感覚で1プレイあたり億を超えるのは間違いない。

76 :NPCさん:2001/08/02(木) 18:45
AHのTACTICSにも原型があったんじゃなかったっけ?
それとTACTICSは明らかにウォーゲームだと思うけど違うのか?
AH以外でシミュレーションゲームを発売したのは誰がいつ?

77 :NPCさん:2001/08/02(木) 18:47
SPIはウォーゲームをなぜそう呼べなかったんだろう?
反戦運動?

78 :ハナザー:2001/08/02(木) 19:05
>>6 卓さん

> 「ウォー」よりも「シミュレーション」のほうが、より高級で上等だという印象・インパクトをゲーマーに与えました。

>>7

> また、ハナザー氏自身が「シミュレーション」の言葉を使う理由は、長い議論から察するに、おそらくこの2番目の理由に基づくものだと推察しますが、

 「シミュレーションゲーム」と「ウォーゲーム」は別のパラメータ(評価軸)であり、どちらが偉いという事はない。スピードを競う「スピードスケート」と技術や芸術性を競う「フィギュアスケート」は「氷の上をすべるスケートという手段」が同じだけで、どちらが偉いという事はないでしょう?

>>8

> チェス、バックギャモン、碁、中・大将棋など、ドイツ系ゲーム以上の面白さを有しているゲームはたくさんあります。

 そのとおり。だから私には「なぜそれらのゲームを(中心に)プレイしないのか」理解に苦しむのです。

>>9

> また、ドイツ系ゲームに関心を向けない「ゲームとしての面白さを追求するウォーゲーマー」が多くても当然だと思います。
> ウォーゲームとドイツ系ゲームは、何か方向性がまったく違いますから。

 だからその「方向性(ここでは相違の意味でしょう)」が、どこから生じてるのかと言う事です。

>>15

> 「回答」でなく、「解答」と書いているところが、すごいというかなんというか。
> ハナザー氏は意図して書いているのでしょうか、、

 もちろん。

>>31

> なぜなら、「シミュレーション」という語は、そもそも、「モチーフ(興味の対象)」ではなく、「手段(実行の方法)」に属するためです。以下に簡単に例を示します。

 これが違うと考えます。「ゲーム」というのは「実戦演習」などと同じく「シミュレーション」の実行手段でしょうが、「シミュレーション」は理論などの検証方法(論)だからです。

>>38

> シミュレーション派は、「ウォーシミュレーション」という語を用いる

 では「Age of Exploration」などは、どうなるのでしょうか?(笑)

79 :ハナザー:2001/08/02(木) 19:08
>>49

> なお、ヨーロッパでは、日本でのいわゆる「シミュレーションゲーム」が、「ストラテジーゲーム」と呼ばれているということを聞いたことがあります。

 Yahoo! UK などを見てもらえばすぐにわかるはずですが確かに「ストラテジーゲーム」に「シミュレーションゲーム」も含まれるものの、それよりももっと広いチェスやバックギャモンなども含んだ私の言うところの「思考ゲーム」に該当する単語です。

>>50

> ある程度は和製英語としての通用性も勘案するのも有効だと思います.

 それならそれでもわからないでもないが、問題は一向に「(和製英語としての)ウォーゲーム」の定義を提出してくれない事ですな。

>>53 ドキュソ侍さん

> くそ!WWFのHHHなんかゲームだけどそんな意味じゃないよな!

 日本語の解説サイトがあってくれて助かりました(笑)。まあ HHH の「game」というのは、よくある「象徴表現」でしょう。そしてこの発言は「HHH の立場(職業)に(その意味を)依存」しています。これを知っている人は「HHH がプロレスラーであり、その立場で発言した事」を知っているでしょうし、そうすればこの「game」が「プロレスのゲーム(試合)」である事もわかります。

 しかし本掲示板では「NPCさん(その1)」「NPCさん(その2)」でしかないわけですし、ウォーゲーマーやシミュレーションゲーマーであろうとは推測できるもののその「ウォーゲーム」「シミュレーションゲーム」そのものの定義が問われているのです。

>>54 椅子さん

> 大きな問題として、ようはハナザー含めて、誰も「シミュレーションゲーム(別なことばにしてもかまわんけど)とはこういうものだ」って言えないのはなぜかってこと。

 私はシミュレーションゲームを「シミュレーションを目的としたゲーム」と解説する事に、何の問題も感じてませんけれど?

>>55

> ハナザーのいう、ゲームをGame、ゲーマーをGamerと表記する方が、筋が通るだろ?

 ならば「日本でのゲーム」「日本でのゲーマー」は、どういう意味なのですか?

80 :ハナザー:2001/08/02(木) 19:14
>>77

> SPIはウォーゲームをなぜそう呼べなかったんだろう?
> 反戦運動?

 ただ単に「より正確と思われる呼称を選択」したに過ぎないと思いますが。

81 :NPCさん:2001/08/02(木) 19:15
>>77
SPIは、ハナザー氏のように、用語へのこだわりを見せていたからね。
単にwargameと名乗ると、自分たちのやりたいことを的確に表現できない
と考えたのだろうね。

# もっともSPIもwargameという用語は使っていたよ。
# wargameとconflict simulation gameという用語は意識的かつ
# 厳格に使い分けられていたわけではない。

82 :52:2001/08/02(木) 19:19
52 名前:NPCさん 投稿日:2001/07/31(火) 05:53
>>51
>ですから欧米では裁判なども「ゲーム」と表されるのです。

それは初耳。
実例でも挙げてくれないと信じる気にはなれないなあ。

83 :NPCさん:2001/08/02(木) 19:20
それよりもなぜ排除をしなければならないのだろう。
定義の説明はできないのか?>ハナザー

84 :NPCさん:2001/08/02(木) 19:28
http://www.hyw.com/Books/WargamesHandbook/Contents.htm
まずは読め。SPIがSPIを名乗ったときのエピソードもある。
WargameがSimulation GameになったのはSPIの登場によって決定的に
なったが、SPI以前にはSimulation Game的なゲームはあったが、ハッ
キリそれを目指してデザインされたゲームはなかったことが示されている。

85 :NPCさん:2001/08/02(木) 19:40
情報感謝>84
タイトルのみからの判断だが、ダニガンもウォーゲームと
していると言う事でいいのか?
>読んだ人

86 :NPCさん:2001/08/02(木) 19:53
ハナザー、おまえはウォーゲームに関して
ダニガンと違う解釈なんだな?

87 ::2001/08/02(木) 20:15
>>78-79 ハナザーさん、レス有り難うございました。
> だから私には「なぜそれらのゲームを(中心に)プレイしないのか」理解に苦しむのです。

ま、人それぞれですから、、

> だからその「方向性(ここでは相違の意味でしょう)」が、どこから生じてるのかと言う事です。

そうですね。でも、なんか違いますよね。そう思いません?

> もちろん。

ここは、私とスタンスが違いますね。
でも、ウォーシミュレーションゲームのプレイヤー間で、
それぞれ、思うところやこだわりがあっていいですし、
それが、楽しいとも言えますし、

> では「Age of Exploration」などは、どうなるのでしょうか?(笑)

プレイしてなくて恐縮ですが、題名から判断するに、
こういうのは、おそらく、「大航海シミュレーション」
なんてところなのではないでしょうか、、(?)

ところで、プレイヤー間でのスタンスの違いについての問題も
このことを考える上で絡んでくると思われますので、
General誌(vol 25.1,1988 なぜか手元に一冊だけ残っていた)に、
プレーヤーの分類についての記載がありましたので、抜き出してみますね。
オリジナルは、Jon Freeman著 The Complete Book of Wargamesだそうです。
私の下手な訳をつけない方が、よりよい議論につながると思いますので、
そのまま抜き出してみます。
私は、さしずめGamerでCompetitorでHistorianかな、、、

88 :NPCさん:2001/08/02(木) 20:15
>>84
決定的になった?
というよりも一時的な宣伝活動をしただけであろう。

89 ::2001/08/02(木) 20:16
General誌(vol 25.1,1988)より抜粋

The Historian:
He considers realism and fidelity to historical fact
the most critical elements in a wargame design.
He is likely to most prefer the term "simulation".

The Military Enthusiast:
He founds tactics, technology and regalia fascinating.
Contemporary and near futuristic wars of particular interest.
He too likes the term "simulation".

The Assassin:
For him, winning is the only thing.

The Competitor:
A challenging contest is the prime attribute of a "good" game
for him. Play balance is a must in all of his favorite games.

The Hobbyist:
He is the collector and philosopher of the hobby.
He likes to write for wargame magazine.

The Gamer:
He..."just likes games." For him,
playability and social interaction are the most sought
after quality in a game.

The Specialist:
For him, games are just a facet of his interest
in some particular historical subject.

90 :NPCさん:2001/08/02(木) 20:22
詳しくは読んでもらうとして、
ダニガンは軍隊時代にAHのwargameに接する機会を得た。
除隊した後、ダニガンはwargameを使って歴史とか軍事とかを
教えたり、より深く理解できることに関心を抱いた。大学に
入りなおしていろいろ勉強し、本を書いたりした後、AHのTom
Shawに会い、ゲームをデザインする機会を与えられる。それで
1968年にリリースされたのがダニガンのデビュー作、1914とい
うことになる。

ダニガンはwargameという用語ではなくsimulationという言葉を使ったことが
ウォーゲームシーンに重大な影響を与えたと考えている。理由は本文を読んで
もらうとして、ハナザー氏がシミュレーションゲームとウォーゲームとを区別
したがる気分をダニガンも抱いているのがわかる。
What we were creating weren't wargames, they were simulations.
と書いてあるのがその象徴だよ。ただ、アメリカでも、ウォーゲーマーたちが
その区別をきちんとできなかったことをダニガンは嘆いている。日本だけの
ことじゃないってことだね。

ここで言えることは
「wargameとしてではなく、simulationとしてこのgameを遊んでほしい」
と考えてデザインされているゲームはある、ということだな。

91 :NPCさん:2001/08/02(木) 20:25
>>88
SPIが登場したとき、simulation gameとしてデザインされたゲームの
存在が確実なものとなったのだよ。少なくともデザイナーの意図のレベ
ルではね。

92 :NPCさん:2001/08/02(木) 20:32
一方で言えることは、いくらデザイナー側がsimulationとしてデザインしても、
それをwargameとして遊ぶプレイヤーにとっては、wargameにしかならないという
ことだね。ダニガンが主張しても浸透しなかったんだから、ハナザー氏にも
それはまず無理というものだね。ダニガンには無理でもハナザー氏にはできる
という理由を示してもらわないと、この手の議論を続行する価値はないと思うな。

93 :NPCさん:2001/08/02(木) 20:44
ではなぜダニガンの本はウォーゲーム〜なのか?
シミュレーションゲーム〜ではだめなのか?

94 :NPCさん:2001/08/02(木) 20:47
>>91
デザイナーがsimulation gameだと言えば、何でもそうなるとは
言えないだろう。
デザイナーの主観で全てが決まるという論理は破綻している。

95 :NPCさん:2001/08/02(木) 20:49
>>90
できればどの箇所か具体的に教えてもらえないだろうか?

96 :NPCさん:2001/08/02(木) 20:55
>>95
Chapter5だよ。目次みりゃわかんべ。

97 :NPCさん:2001/08/02(木) 21:02
>>94
>デザイナーの主観で全てが決まるという論理は破綻している。

そりゃすべては決まらないさ。だけど、wargameではなくsimulationを、
という意識があったことは否定できないだろ。ましてSPIはグループとして
それを目指していたんだし。
デザイナーがいくら吠えてもwargameはwargameでしかない、と主張したい
なら、きちんと説明してくれ。

# プレイヤーだってすべてを決められないだろ。

98 :NPCさん:2001/08/02(木) 21:25
>>97

例えば、私がレタスを作っているとする。
そしてこれは野菜ではなくて、シミュレーションとしてプレイ
して欲しいといった場合に、これをシミュレーションとして
認めるのか?

SPIは、何ゲームかはおいておくとして、ゲームを出版していた
ということは合意しているということで良いか?

99 :NPCさん:2001/08/02(木) 21:31
>>96
Thanks.何故か見れなくなっているが(^^;

100 :NPCさん:2001/08/02(木) 21:48
>>98
>例えば、私がレタスを作っているとする。
>そしてこれは野菜ではなくて、シミュレーションとしてプレイ
>して欲しいといった場合に、これをシミュレーションとして
>認めるのか?

あなたの言葉を理解し、支持する人がいれば。

SPIがwargameではなくsimulationを作り、リリースし、
それをsimulationとして理解し、支持した人はいた。

あなたのレタスはどうですか?

101 :NPCさん:2001/08/02(木) 21:49
>>99
見れるけど?

102 :NPCさん:2001/08/02(木) 21:55
>100
私のレタスの場合はいないであろう。
結局人数を集めれば、無理な定義も通るということでいいのか?


>SPIがwargameではなくsimulationを作り、リリースし、

この根拠というか前提というかはあるのか?
既に結論(事実)として述べられているが、その理由は?


>それをsimulationとして理解し、支持した人はいた。

彼らがwargameではなくて、simulationとして理解したという根拠は?

それから、SPIはゲームは作っていなかったのだな?

103 :NPCさん:2001/08/02(木) 22:15
>We called them wargames, and let other call them wargames,
an incorrect term for an activity that was incomprehensible
enough as it was.

この近辺からだけ判断すれば、
simulationを作ったが、やむなくwargameと呼んだ
ということか。

104 :NPCさん:2001/08/02(木) 22:19
(103の続き)

となるとsimulationと仮定しても(あくまで仮定だからな)
呼称はwargameということになる。
だとすれば、この本のタイトルも理解できる。

あくまでsimulationだと言い張るのならば本のタイトルも
simulationとして欲しかったものだ。
その他、文中でwargameはできるだけ用いずにsimulationと
して欲しかった。

ただダニガンの本意は別にあるのではないかと思うが。

105 :NPCさん:2001/08/02(木) 22:22
で、SPIもwargameと呼んでいたということでいいか?

106 :NPCさん:2001/08/02(木) 23:06
ウォーゲームとシミュレーションゲームの大きな違い
ウォーゲームはバンダイの登録商標だが、シミュレーションゲームはそうではない。
日本においてウォーゲームはバンダイ商品以外使っちゃ駄目だよー

107 :NPCさん:2001/08/02(木) 23:11
シミュレーションゲームもどっかの商標じゃなかったっけ?
HJ?

108 ::2001/08/02(木) 23:36
>>104
同意です。SPIおよびダニガン氏が、
wargameではなくwar-simulationという概念・用語を
いまひとつ世に浸透できなかったことが、
この問題を引き起こした原因の一つだったと思うのです。
販売戦略や当時の世相もあったのだとは思いますけど、、

あと、ダニガン氏の本意も別にあったというご意見にも賛成です。
著作のタイトルなど、かなり熟考した結果だと思っています。

109 ::2001/08/03(金) 00:05
>>102,>>105
What we were creating weren't wargames, they were simulations
We were stuck with the traditional term "wargame," but every one who created or used our "games" knew better.

A wargame is, after all, an historical account of an event in simulation form.

(Ch5. History of Wargames, Analytic History, and What is a Simulation Anyway?の章)

110 :混物:2001/08/03(金) 00:07
単純に考えると、"wargame"に対比すべき語は"war simulation"になると思うんですが、
後者は商品名としては使われなかったので議論の対象にならないということでしょうか。

実際のところどのwargameにもsimulation性はありますよね?
simulation性を無視できるまでに削ったら(例えば将棋くらいまで)、
もはやwargameとすら呼ばれないでしょう。

実際に存在するのは、「simulation性が高い」ウォーゲームと
「simulation性が低い」ウォーゲームの違いだけではないでしょうか。

"simulation"を標榜するのは、「ここから先はsimulation性が十分高いとみなせる」という
線が引ける、という考えに基づくものであり、私もある程度分かれ目みたいなものは
あるのではないかとは思いますが、
しかし"simulation"を名乗るのに相応しいウォーゲームとそうでないウォーゲームとの間の
差は、本質的な差ではなくて程度の差に属するものではないかと思うのですが、どうでしょうか。

(私の場合、"simulation game"とは別に、"historical simulation wargame"というものが
あると思っているのでこういう結論になったのですが、そういう分け方はおかしいでしょうか。)

111 :NPCさん:2001/08/03(金) 00:23
>>110
>しかし"simulation"を名乗るのに相応しいウォーゲームとそうでないウォーゲームとの間の
>差は、本質的な差ではなくて程度の差に属するものではないかと思うのですが、どうでしょうか。

そう考えることもできるし、違う考え方もできる。

シミュレーション性もゲーム性も高いゲームは存在する。たとえばWellington's
VictoryやNapoleon At Bayがそうだ。ゲームのシチュエーションが、ゲーム的な
興味をそそるからだ。

シミュレーション性も低いがゲーム性も低いゲームもある。たとえばRoads to
Rhineがそれで、ゲーム上の展開やプレイヤーに要求される発想は何ら歴史的・
軍事的なものに合致しない一方、ゲームとしてもまるで面白くないのである。

通常、ウォーゲーマーはシミュレーション性もゲーム性も高いゲームを歓迎する。
ただ、あとは好みの問題で、シミュレーション性さえ高ければゲーム性が
低くても我慢できる向き(たとえばハナザー氏)もあるし、その逆もしかり。

112 :NPCさん:2001/08/03(金) 00:27
結局どの程度のものをもってして、simulationと呼ぶかという事に
なりますね。
私の基準では、ほとんどのウォーゲームはシミュレーションと
呼ぶにはシミュレーション性が低すぎます。
SPIのゲームのほとんどもそうです。
あれらがシミュレーションということであれば、低レベルのもの
でもシミュレーションということになるでしょう。

SPIのNAWシステムゲームやPGGもシミュレーションでしょうか?

113 :NPCさん:2001/08/03(金) 00:29
consim (conflict simulation) という用語もあるはずですが,
が議論の俎上に上らないのは何故?

114 :NPCさん:2001/08/03(金) 00:31
>>112
抽象度が高くても、その抽象度において再現性が高ければ
シミュレーション性は高いと言えるだろう。

ダニガンが軍の依頼で軍事教練用のシミュレーションをデザインした
ものをゲーマー向けに「複雑にした」結果がFire Fightだったりした
でしょう? 士官学校の授業で使うにはFire Fightですら、ルールが
複雑すぎたわけですよ。

そう考えれば、戦術そのものを学ぶにはFire Fightレベルで必要十分
を超えるレベルに達しているといえるわけです。

115 :NPCさん:2001/08/03(金) 00:32
>>113

>>74
ほれ。

116 :NPCさん:2001/08/03(金) 00:41
>>114

戦術を学ぶということとシミュレーションをごっちゃにしてませんか?

市販ウォーゲームで、(一部の)戦術を学べることは同意します。
しかし実戦との違いも色々あります。

117 ::2001/08/03(金) 00:44
>>114
いくつかのSPIゲームが、
士官学校の学生にも難解であったことは、
有名かつ興味深いエピソードですよね。

118 :ハナザー:2001/08/03(金) 00:46
>>116

> 戦術を学ぶということとシミュレーションをごっちゃにしてませんか?

> 市販ウォーゲームで、(一部の)戦術を学べることは同意します。
> しかし実戦との違いも色々あります。

 つーか「一部でも戦術が学べる」つー事は、「一部でも戦術のシミュレーションになってる」つー事でないかい?

 風洞模型の話でも書いたけど、「実物と違う」事と「シミュレーションになってない」事は別物だろう。

119 :NPCさん:2001/08/03(金) 00:51
>>116
だから「何を」「どの程度の具象/抽象度」でシミュレートするかって
ことが問題の焦点でしょ。

抽象度が高い=シミュレーション性が低いってことにはならんでしょ。

たとえばCampaign for North Africaはきわめて精密な北アフリカ戦の
シミュレーションですが、連隊レベルの作戦行動に興味があるプレイヤー
にとってベストな選択とは言えますまい。

>しかし実戦との違いも色々あります。

そんなことを言ったら、各種リサーチのもとになる文献それ自体、
戦場や兵士のことを完全に正確に記述できているわけがないわけで、
こんな発言が出てくると、シミュレーションというものの価値を理
解していないのでは? と疑いたくなります。

120 :NPCさん:2001/08/03(金) 00:53
>>117
ちなみにFire Fightはひどくシンプルなゲームだよ。
そうだな、Panzer Blitzをカスくしたようなゲームだった。

121 :NPCさん:2001/08/03(金) 01:06
>>120
あ、そうでした。情報サンクスです。
以前、このオリジナル文章読んだとき、
この程度のゲームが難しかったのだ、、って驚いたことを思い出します。

122 :NPCさん:2001/08/03(金) 01:25
>>119
まさにどの程度がシミュレーションなのかということ。


>抽象度が高い=シミュレーション性が低いってことにはならんでしょ。

一般的には「抽象度が高い=シミュレーション性が低い」だと思うが
何か反証でも?
例えば将棋は「抽象度が高い=シミュレーション性が低い」に
なると思うが、どう?

文献自体が不正確であるのに、輪をかけて不正確なものを
シミュレーションと呼ぶのはそれこそ理解していないのでは?
結局、どの程度がシミュレーションなのかということなのだけど。

123 :NPCさん:2001/08/03(金) 01:28
>抽象度が高い=シミュレーション性が低いってことにはならんでしょ。

たとえばCampaign for North Africaはきわめて精密な北アフリカ戦の
シミュレーションですが、連隊レベルの作戦行動に興味があるプレイヤー
にとってベストな選択とは言えますまい。

モンスターゲームでしょうがシミュレーションではないでしょう。

それとシミュレーションと興味をごっちゃにしてないでしょうか?

124 :NPCさん:2001/08/03(金) 01:30
ハナザー、定義はいいのか?辞書を引くのが定義か?

125 :NPCさん:2001/08/03(金) 02:12
パーラのThe Art of Wargamingによれば、軍では訓練用には
独自のウォーゲームを使っているはず。

126 :NPCさん:2001/08/03(金) 02:58
卓さんの判断ではどのあたりのレベルがsimulation?
全てのウォーゲーム?

127 :NPCさん :2001/08/03(金) 03:53
ボクシングの……

128 :NPCさん:2001/08/03(金) 07:36
>>123
Campaign for North Africaのリサーチの徹底ぶり(いや致命的な
リサーチミスがあるのは知っているけど、それを除けば)や、現に
プレイ可能だし、別にシミュレーションとしてはゲーム全体を遊ば
ないといけないわけでもないし、ってことを考えれば十分によくで
きたシミュレーションだと思うがね。

それはそれとして抽象度の高いシミュレーション性の高いゲームの
例をあげておこうかな。たとえばBattles for the ardenneはアル
デンヌ戦の決定版だよね。中隊・大隊規模のWacht am rhineが細部
に拘泥しすぎて失敗した(リアルではあるが、ほとんど展開に影響
しないのに、手順が煩雑すぎた)ことに反省して、大隊・連隊規模
にしてむしろリアリティを向上することに成功したよね。

別な例をあげようか。たとえば、Pantherの戦車砲がT-34の装甲を、
どのような距離・角度・気温・湿度において、どのような結果にな
るかを徹底的にシミュレートするシミュレータがあったとしても、
それで戦車対戦車の戦術シミュレーションとしては使えない。シミュ
レーションにはテーマがあるんだよ。分子の運動をシミュレートす
るスーパーコンピュータがあったところで、外交戦のシミュレーショ
ンに応用するのは事実上ありえないだろう?

129 :NPCさん:2001/08/03(金) 07:45
抽象度が低い=具象度が高いほどシミュレーション性が高いの
だとすれば、戦略級のゲームは作戦級のゲームよりシミュレー
ション性が低いことになるが、そのへんはどうよ?

Victory in the westシリーズでは、自分のユニットの戦力す
ら正確に把握することができませんが、それは一定の抽象度が
あればこそなのであって、このシリーズのゲームをグランドタ
クティカルレベル(たとえばWellington's Victoryや
Terrible Swift Swordあたりのレベル)でデザインしてしま
うと自分のユニットの正確な戦力すら把握できないというリア
ルさは完全に失われてしまいます。なんでも精密にすればいい
というわけではない、ということです。

130 :NPCさん:2001/08/03(金) 08:46
ウォーゲームの抽象度、あるいは具象度は、そのウォーゲーミングの目的によるところが大きいと思います。
パーラはその著書を解釈すれば、上級指揮官の訓練を目的とするウォーゲームは、その目的のために焦点を
絞り、戦車砲の命中判定や1機単位の空中戦といった細部は抽象化する必要があり、それがシミュレーションとして
正しいということになります。
逆にいえば、どんなに詳細でも、それらがそのウォーゲームの目的に対して、それを阻害する要因になるなら、
それは正しいシミュレーションではない、ということになります。
ウォーゲームはそもそも「戦場のシミュレーションを通して、指揮官に擬似的な戦闘指揮を体験させる道具」でした。
つまり、もともと「訓練」を目的としていたわけで、それが後に「研究」や「作戦立案」にも用いられるようになったのです。
そういう意味では、厳密な数量的データや解析はウォーゲームに不可欠なものではありません。
さらにこうした図上演習および机上演習としてのウォーゲームが市販され、「娯楽」という目的が加わりました。
ダニガンはさらに「歴史的興味の満足」という目的を付け加えました。
詳細なほどシミュレーション性が高いとはいえず、
抽象的でも、ある目的に対してはシミュレーション性が高いといえる以上、
やはりウォーゲームとシミュレーションゲームといった区別は意味がないと私は思います。

それからウォーゲームは「ウォーゲーム」であって「ゲーム」じゃないのですから、
もちろんゲームの手法を用いているのではありますが、この語とシミュレーションは
対立する概念ではないと思います。

131 :NPCさん:2001/08/03(金) 08:51
よかったねハナザー。みんな盛り上がっているよ。

132 :NPCさん:2001/08/03(金) 09:17
ホントにゲームじゃないのなら板ちが……っと、何でもありませんよ(藁

133 :NPCさん:2001/08/03(金) 09:32
>>130
んなこといったって、エポックのスターリングラードあたりを
シミュレーションゲームと呼ぶことに抵抗がある奴はいるべ。
ルール的に有利なことと歴史的に有利だったことが乖離してた
らシミュレーションとしては失格でしょ。でも、ウォーゲーム
として遊ぶことはできるよね。日露戦争なんかもそう。あれら
がデザイナーの意図するところではシミュレーション性が高い
と言えるのなら、この意見は撤回します。

134 :NPCさん:2001/08/03(金) 12:27
俺はとりあえずハナザーの学歴が知りたい。
だいたいこの話題はハナザーが自分でネタを
振ったものだ。
お願いだハナザー、この学歴についての話題について(忘れたとはいわせねえ)
レスしてくれ。

135 :NPCさん:2001/08/03(金) 13:10
上記URLから行けるダニガンの著作によれば、ダニガンの発言は以下のようになる。

SPIはシミュレーションをつくった。SPIはそれらをウォーゲームと呼んだ。
ウォーゲーマーがそれらをプレイした。

反論があるならば、具体的箇所を示してやってくれ。
くれぐれもあんたの思い込みだけで、断定しないでくれ。

136 :NPCさん:2001/08/03(金) 13:28
>>128

リサーチすればシミュレーションになるのか?そんなことはないと思うぞ。
CNAがなぜシミュレーションなのかより具体的根拠を求む。

BftAの例は確かにそうかもしれん。
だとするとリサーチや詳細さがシミュレーション性のキーではないということで
いいか?
それからCNAはシミュレーションと呼んで、なんでBftAはそう呼ばないんだ?
おかしいじゃないか?


パンターの例はデータは詳細なほうが望ましい。
ただしそれだけでは不十分なことは明らかだ。
例えばパンターの砲ではT34を打ち抜けないとした場合には、戦術もクソも
ないだろう。

137 :NPCさん:2001/08/03(金) 13:38
>>129

確かに一理あるな。

では、戦略級ゲームでドイツもフランスもコマ1個というものが
あるとする。
これでもシミュレーション性が高いか?
これは「抽象度が高い=シミュレーション性が低い」ということに
なると思うが。
ただしコマが1万個あってもシミュレーション性が低いということは
ありえるな。

政治のシミュレーションでじゃんけんですべて決めるとする。
これはシミュレーション性が低いのではないか?
ある程度の具体性は必要かと。

138 :NPCさん:2001/08/03(金) 13:48
>>130

ウォーゲームとしては正しいと思うが、シミュレーションとして
正しくない。
シミュレーションとは、1機単位ではやっていけないのか?

139 :NPCさん:2001/08/03(金) 14:01
>>129

なぜVictory in the Westでは把握できないのか?

140 :NPCさん:2001/08/03(金) 14:45
>>138

「1機単位でやってはいけない」とは申しておりませんが、
それがそのウォーゲームの目的を阻害するようであれば、
シミュレーションとして正しくないということになるのだと思います。

たとえばプレイヤーが戦闘比の計算や個々の航空機の移動を考えているうちに
疲れてしまって、作戦立案の余裕がなくなったとき、そのウォーゲームの
目的が「作戦立案の体験をシミュレートする」ことだったら、
そのウォーゲームは道具としては失敗ということになります。

ですから、コンピュータなどを使用して詳細な数値計算を機械任せに
でき、プレイヤーがこれに煩わされないならそれは問題がないという
ことになるかと思います。

また、そのウォーゲームの目的が「1機単位の空中戦の戦術研究」だとしたら、
1機単位のシミュレーションは正しいということになります。

つまり、すべてはそのウォーゲームの目的次第ということになると思います。

たとえば、AHのクラシックスと呼ばれる一連のウォーゲームは、
戦闘序列は不正確ですし、システムも史実に即しているとは言い難い
わけですが、戦力の集中と分散、遅滞戦術、地形を利用した防御線、
退却と反撃といった兵法の要素を通じて、扱っている戦役のおおまかな
概観と、基本的な運動要素を体験することが可能で、それを目的とすれば、
よいシミュレーションだということができると、私は思います。

141 :NPCさん:2001/08/03(金) 15:53
>>135
wargameの呼称はSPI以前からあった。
そのことはSPI設立以前にダニガンがAHのwargameをプレイしている個所でわかる。
> But while in the Army I came across some GIs who played
> the original Avalon Hill games and, as I was in the military,
> it seemed a logical thing to get involved with wargames.

ダニガンはSPI以前のwargameという呼称に対し、自分の意図により正確な呼称と
してsimulationであることを強調した。
> Two things that defined the wargaming scene in the early days,
> aside from the flood of games, was the use of the term
> "simulation" rather than wargame and the unique nature of
> the history articles in Strategy & Tactics magazine.

> 反論があるならば、具体的箇所を示してやってくれ。
> くれぐれもあんたの思い込みだけで、断定しないでくれ。

無礼な書き方だな。くれぐれもこういう低レベルな確認を
させないでくれ。読めばわかることだろ?

142 :NPCさん:2001/08/03(金) 15:59
>>136
> リサーチすればシミュレーションになるのか?そんなことはないと思うぞ。
> CNAがなぜシミュレーションなのかより具体的根拠を求む。

詳細なリサーチに基づく正確な戦闘序列。それを生かすためのルールシステム。
というより、あんたがCNAをシミュレーションと呼べない理由を示してほしい。
モンスターゲームかどうかとシミュレーションかどうかは相反する概念ではない
と思うが?

> BftAの例は確かにそうかもしれん。
> だとするとリサーチや詳細さがシミュレーション性のキーではないということで
> いいか?

いいえ。詳細なリサーチに基づいて「抽象化」することが正確なシミュレーション
を実現する鍵です。

> それからCNAはシミュレーションと呼んで、なんでBftAはそう呼ばないんだ?

呼んでませんでしたか? SPIはあれをシミュレーションとしてリリースしている
と思いますが。

>例えばパンターの砲ではT34を打ち抜けないとした場合には、戦術もクソも
>ないだろう。

ほらね。
シミュレートする対象・テーマによっては、詳細さは無意味になるのだ。

143 :NPCさん:2001/08/03(金) 16:00
>>137
>では、戦略級ゲームでドイツもフランスもコマ1個というものが
>あるとする。
>これでもシミュレーション性が高いか?

何をシミュレートしようとして、ドイツもフランスもコマ1個になったのですか?
どんなゲームかわからずシミュレーション性の高い低いを判断できるかい?

144 :NPCさん:2001/08/03(金) 16:04
>>139
>なぜVictory in the Westでは把握できないのか?

Pattonが第3軍の各部隊の兵員充足度や士気を正確に把握できていたはずはない。
部下の報告をもとに、イメージしていただけであろう。

ViWのシステムはそれを再現している。また、それにより、正確に3:1を確保して
攻撃したりするような、ゲームチックな戦術を選択できないようにしているのだ。

145 :NPCさん:2001/08/03(金) 16:05
>>141
これは反論なのか?追認と読めるがそれでいいのか?


>無礼な書き方だな。くれぐれもこういう低レベルな確認を
>させないでくれ。読めばわかることだろ?

低レベルな思い込みで書き込む奴がいるんでな。
あんたは違うのかい?

146 :NPCさん:2001/08/03(金) 16:14
>あんたがCNAをシミュレーションと呼べない理由を示してほしい。
モンスターゲームかどうかとシミュレーションかどうかは相反する概念ではない
と思うが?

おまえは説明できないんだな?
ゲームである理由は例えばウォーゲームのひとつ形態であるからだ。
ダニガンもウォーゲームと呼んでいるしな。


>いいえ。詳細なリサーチに基づいて「抽象化」することが正確なシミュレーション
を実現する鍵です。

じゃあ詳細なリサーチがないとだめ?


>呼んでませんでしたか? SPIはあれをシミュレーションとしてリリースしている
と思いますが。

あなたが呼んでいません。自分の発言をよく読んで。


>シミュレートする対象・テーマによっては、詳細さは無意味になるのだ。

詳細なリサーチが必要なんだろ?
それからこの場合はシミュレーションそのものが無意味だといっているが
おまえには理解できないか。

147 :NPCさん:2001/08/03(金) 16:16
>>143
戦争をシミュレートしようとして。

148 :NPCさん:2001/08/03(金) 16:17
>>143

具体的方法は?
アントライド?ランダム戦力の加減?

149 :NPCさん:2001/08/03(金) 16:29
>>140

概ね、了解しました。

ただしこの定義であるとすると例えばトランプゲームのナポレオンも
限定的な政治状況の体験を目的とするとすればよいシミュレーションと
いうことになります。
囲碁なんかも位置取りの重要性・動き・戦略眼を体験するというよい
シミュレーションでしょうか?麻雀もそうですね。
そうであると言われればそれまでですが、もうちょっとシミュレーション
というには意味あいが異なるように思います。

ウォーゲーミングを用いた概念の能動的習得法のひとつということ
ならば理解できますが。

150 :NPCさん:2001/08/03(金) 16:48
ダニガンはSPI以前のwargameという呼称に対し、自分の意図により正確な呼称と
してsimulationであることを強調した。
> Two things that defined the wargaming scene in the early days,
> aside from the flood of games, was the use of the term
> "simulation" rather than wargame and the unique nature of
> the history articles in Strategy & Tactics magazine.

確かにシミュレーションを使ったとあるが別の箇所では
ウォーゲームと呼んだと言っている。
これはどういうことか?
全部暗記しているあんたならわかるんじゃないか?

それからなんでwargaming sceneなんだ?
ウォーゲームの中のひとつがシミュレーションでいいか?

それからなんで本のタイトルがウォーゲームなんだ?

151 :NPCさん:2001/08/03(金) 16:59
>>150
wargameの一種として(SPIの作った)simulationがあるという認識で
いいんじゃないの、とりあえず。
あと、とりあえずハンドブックを「一部分だけ」読んで質問するのは
やめて。全体を読んでから細部の検討に入りなさいよ。どんな本を論
評するんでも、そういう風にするのが筋でしょ。

152 :NPCさん:2001/08/03(金) 17:15
>>130

ウォーゲームは明らかにゲームの一形態であると思いますが
違うということでしょうか?
違うということであれば、説明をお願いします。
なおゲームという語については、広い意味のゲームで行きたいと
思います。
前記発言が「狭い」意味のゲームであるならば、ゲームとは何でしょうか?

それからあなたの説によれば、ウォーゲームがゲームでないのならば
シミュレーションゲームもゲームではありませんよね?
両方ともゲームという呼称がありながら、ゲームではないとの主張は
かなり特殊な捉らえ方であると考えます。

153 :NPCさん:2001/08/03(金) 17:19
>>151

ただねじまげて発言する奴がいるんで、正確な引用が必要かと。
どんなものでも詳細に検討する場合はそうするでしょ?

筋としてはそうかもしれないけど、現在話しているのは
SPIがどう呼んだということ等なので。
本の書評ではない。

ところであなたは全部読んだ?

154 :NPCさん:2001/08/03(金) 18:17
>Pattonが第3軍の各部隊の兵員充足度や士気を正確に把握できていたはずはない。
部下の報告をもとに、イメージしていただけであろう。

この点はそのとおり。
ほとんどのウォーゲームは正確に把握できる。
で、ウォーゲームはシミュレーションじゃないということでいいか?

155 :NPCさん:2001/08/03(金) 19:42
>>149

確かに囲碁も麻雀もウォーゲームとなりうるとは思います。
しかし、通常どちらも「そのために」プレーしないし、つくられてもいないわけです。
つまり何がウォーゲームかは
「それがどのような目的のために、どのような手法を用いて製作、実行されるものか」
ということから判断されるものなのだと思います。

もっとも囲碁はウォーゲームの一種だといえないこともないでしょう。
そのようにプレーすれば、ですが。


>>152

そうですね。「ゲームである場合もある」というのが私的スタンスでしょうか。
まず私は、パーラ氏同様、「ウォーゲーム」は「ウォー・ゲーム」ではないと考えます。
そういう意味では「ゲームという呼称」は使われていないことになります。
「ウォーゲーム」は語源的には確かにゲームですが、そもそもそれが誕生した時点では
遊技として、あるいは競技としてではなく、教材として生まれたわけです。
「ゲームの手法を利用して模擬的な闘争を体験する」道具だったわけです。
そしてこのウォーゲームが戦後、「遊技を含むホビー」として市場に出たということになります。

ですから、ウォーゲームは目的によってはゲームであるし、ゲームでないこともあり、
そういう意味では、ウォーゲームは「ゲームにもなりうる道具」であって、ア・プリオリに
ゲームではないといえると思います。
この場合の「ゲーム」は競技もしくは遊技(フランス語のje、ドイツ語のspielに相当)
としています。

156 :151:2001/08/03(金) 19:55
>>153
訳本が出た当時に通読した。
原文は拾い読み。

157 :NPCさん:2001/08/03(金) 20:21
>>154
だからテーマが何かってことだろ。
抽象化の効能ってのは、重要ではない要素を省略して、
重要な要素をクローズアップすることだよ。
Patton's 3rd Armyは、自軍のユニットもFog of warにあるはずという
ところにフォーカスしたシミュレーションでしょ。
そういう視点は精密な戦術級のゲーム(たとえばAir Warあたり)には不
要でしょ。
大事なのはテーマだよ。わかる?

158 :NPCさん:2001/08/03(金) 21:28
>>154

話題は、パットン第3軍だが同名のゲームのことじゃないぞ。

シミュレーションとゲームを分けているが別物なのか?

159 :NPCさん:2001/08/03(金) 21:36
>>154
ウォーゲームは一般的にはゲームとして捉えるべきだと考えます。

ではウォーゲームの命名者は、ゲームではないものにゲームを
つけたのは不適切だったということでしょうか?

指揮官の体験のシミュレーションということが先刻までの
主張であったと思いますが、若干表現が変わっています。
最新のものが本意ということでよろしいでしょうか?

それからトランプもシミュレーションということで
よいのでしょうか?

160 :NPCさん:2001/08/03(金) 21:45
>>154
先刻までは、ウォーゲームはゲームではないという主張であったと
思いますが、これも変更したということでしょうか?

161 :NPCさん:2001/08/03(金) 21:53
>>154
ウォーゲームの起源的意味からの定義つけをしたいという意向は
理解しました(恐らく)。
しかし現状にそぐわない定義つけはあまり意味がないのでは
ないでしょうか?
現在の我々は、「それら」をゲームとして購入しプレイしています。
ゲームでないと考えている人はほとんどいないでしょう。
それに対してゲームではないというのはあまりにも実情を
反映していない定義ではないでしょうか?

162 :NPCさん:2001/08/03(金) 22:51
>>159
ですから、kriegspielはゲームの方法を使って疑似闘争を体験する装置だと申しました。
言葉の意味ではなく、そういう名称のものがそういう内容を持っていたということです。
以上の主張に変更はありません。

また、トランプもシミュレーションかどうかは、繰り返しますが、
それをそのような目的でプレーし、目的を達成できればそうである
といえるでしょう。

>>160
変更していません。「ゲームとしても遊べる」道具だと申し上げているわけです。

>>154
確かに多くの方がウォーゲームを遊技としてプレーしています。
しかし、研究のためにプレーする人も、訓練のためにプレーする人も、
実際に多数存在します。
ウォーゲームはそれらをすべて含んだ用語ですので、そう定義する必要があると思います。
つまり、軍人さんはウォーゲームで「遊んでいる」わけではない、ということです。

そしてそうしたプロのウォーゲームとホビーのウォーゲームは、道具としての
機能は同じものなので、やはり「ウォーゲームは道具であり、遊技ではない」
ということになると思います。

もちろん、ゲームの方法を用いているわけですから、
システムとしてのゲームであるとは思います。
ただし、「遊技として用いることが可能」な道具ではあるものの、
「戦争を題材にした遊技」のことではないと、私は思うわけです。
定義上は、です。

163 :NPCさん:2001/08/03(金) 23:34
>>160

トランプ等もシミュレーションたりうるということですね。
かなり幅広い意味つけであると思います。
そうなるとRPG等(例えばナポレオンのRPG)もシミュレーションという
可能性があるかと思いますがそれでいいでしょうか?

将棋はゲームであると思いますがいかがでしょう?
ただプロは仕事としてやり、アマは娯楽としてやります。
だからといって道具であるとは言わないと思うのですが。
それとも将棋も道具でしょうか?

後半部分がよく理解できませんが、結論としてウォーゲームは
ゲームではないという主張でしょうか?
主張は変更していないということですから、それでいいのですよね?

>「戦争を題材にした遊技」のことではないと、私は思うわけです。

ごく一部を除いては、「戦争を題材にした遊技」としてプレイ
されていると思います。仕事ではありません。
訓練でもないでしょう。

軍人用のものは遊技ではないでしょうが。

164 :NPCさん:2001/08/03(金) 23:48

史実通りに動かして勝利できないのなら、それはシミュレーションではない

165 :NPCさん:2001/08/03(金) 23:55
>>160
ウォーゲーム・シミュレーションの範囲は比較的大きいのに
対して、ゲームの範囲は小さい(「遊技」に限定?)ように
思えますが、なぜでしょうか?
一方を大きく取るのであれば他方も大きくとった方が整合性が
とれると思うのですが。

166 ::2001/08/03(金) 23:56
>>126さん
皆さんの議論を読んで、
いろいろ考えさせられてます。
(とても勉強になります)

ところで、ダニガン氏の著作についての
議論がいくつか認められるようすですね。
そこで、とくに関連する部分と思われる個所を
私なりに訳してみました。
なお、訳は、オリジナルの文意を損ねない程度に
日本語になおしてみたつもりなのですが、
誤りなどご指摘いただけましたら幸いです。

167 ::2001/08/03(金) 23:57
>>166の続き)

The Complete Wargames Handbook
by James F Dunnigan

5章 History of Wargames
Analytic History, and What is a Simulation Anyway?
http://www.hyw.com/Books/WargamesHandbook/5-4-anal.htm
における、最初の4パラグラフの日本語訳


「第1パラグラフ」

黎明記におけるウォーゲーミングシーンの特徴を決定づけた2つのものは、
多数のゲームが洪水のように発売されたことは別として、
「ウォーゲーム」ではなくむしろ「シミュレーション」という用語が使われたことと、
Strategy & Tactics誌における歴史記事が他に類のない特質を備えていたことであった。

互いに関連を持った様々な理由によってこれらの両方がもたらされたが、
第一の理由として、多くのウォーゲーマーが非常に好奇心旺盛な歴史ファンであったため、
もはや、彼らが一介のゲーマーに過ぎないとはとても言えなかった(not so much gamers)
ことが挙げられよう。

多くの軍事ファンは、戦闘や戦役に関する本を読んだり、
良い戦争映画を鑑賞したり、または戦場を視察したりして満足する。
一方、ウォーゲーマーは出来事(things)を計測したり分析することを望んでいる。

168 ::2001/08/03(金) 23:58
(167の続き)

「第1ー第2パラグラフ」

私がSPI社を設立したとき、我々が何をしているのか、そして、
ウォーゲーマーが何を望んでいるかについて我々はどう感じているか、
これらの事柄を正確に表現する目的で、Simulations Publicationsという名前を社名として採択した。

我々が製作していたものはウォーゲームでなかった。それらはシミュレーションであった。
我々は、伝統的な用語「ウォーゲーム」を用いるより他に仕方がなかった(were stuck)のだが、
しかし、我々の「ゲーム」を製作した者たち、我々の「ゲーム」で遊んだプレイヤーたちは、
そうではないことを知っている(knew better)。

この語は、我々の活動を表現するには不正確な用語ではあったが、我々はそれらをウォーゲームと呼んだ。
また、対外的にも、ウォーゲームと呼ばれることをよしとした。
当時の状況では、我々の活動は十分には理解されなかったのである。

我々はもちろん試みはしたが、不正確な用語をなくそう(expunge)とする努力は無駄に終わった。
ウォーゲーマーは、用語「ウォーゲーム」と「シミュレーション」を
互いに互換性のある語として(interchangeably)使用した。

しかし、歴史検証(analytic history)が登場したことに比べれば、
このようなラベリングの問題は、瑣末なことであった。

169 ::2001/08/04(土) 00:00
(168の続き)

「第3パラグラフ」

歴史検証(analytic history)とは、
ゲームになる前段階のウォーゲームのようなものである。
ウォーゲームとは、とどのつまり、シミュレーション形式をとった、
ある事象(event)の歴史的考察(historical account)である.
対象(subject)やデータはシミュレーション形式で提示されるべく、
対象についてはリサーチされなければならず、
データについては系統立てて整理(organize)されなければならない。
そして、これこそが、歴史検証(analytic history)である。

しかし、待てよ、、、ウォーゲームとウォーシミュレーションの違いとは、
いったいぜんたい何なのであろうか。

170 ::2001/08/04(土) 00:01
(169の続き)

大抵の場合、多くの違いがあるわけではまったくない。シミュレーションの主な目的は、
あなたが主要な要素(key element)を操作できるように、状況を提示することである。

このことによって、どのようにこれらのすべての要素が相互作用するのか、
そして、異なった戦略や戦術をとった際に、どのようにこれらのすべての要素が機能するのか
(これこそが、ゲームの要素が入ってくる部分である)を、より良く理解できるようになる。

ゲームは全く行わないが、単に自分自身でゲームを研究したり操作したりするウォーゲーマーが、
実に数多く存在している理由もここにある。もちろん、2人の人間が、
ゲームとしてシミュレーションを使用することができる。多くの人がそうしている。
そして、これらの事柄が組み合わされたとしても、ゲームの要素がなくなることはない。

なぜなら、あなたが望むと望まないとに関わらず、ゲームの要素は、常にそこにあるのだ。
それが戦争(beast)の特質である。通常、軍事衝突には2つの側があって、
いずれの側も、司令官が操ることができる、状況に則した多くの要素を持っている。
すなわち、もともと、あるゲーム状況を持っているのである。

171 ::2001/08/04(土) 00:02
(170の続き)

もちろん、シミュレーションや歴史局面よりもゲームの要素に興ずるウォーゲーマーも存在する。
しかし、彼らも基本的に、歴史的な角度へと傾注しているのだ。
でなければ、彼らは、歴史ゲーム以外の、無数の他のゲームをプレイしているだろう。

そして、これこそが、ファンタジーゲームあるいはSFゲームが到来したときに、
多くの黎明期のウォーゲーマーが行ったことなのである。
これらのゲームは、シミュレーションというよりは、むしろゲームであった。
もちろん、シミュレーションの要素は存在していたのだが。

172 ::2001/08/04(土) 00:03
(171の続き)

「第4パラグラフ」

もっとも、これらのすべての事柄にも関わらず、歴史検証(analytic history)の概念は
失われた。ゲームの元になった研究材料を見出したゲーマーはほとんどいなかった。
私が、各ゲームごとに歴史検証記事をつけようという提案をしたとき、
(最初はS&T雑誌における付録ゲーム向けに;後に箱形式のゲームにも)
ほとんどのゲーマーは、ただ、歴史的材料がよく整理されており、
ゲームをよく補足することに、簡単な注意を向けただけであった。

このような歴史検証記事の同梱が中止されるまで、
歴史検証(analytic history)は、なされて当然のことと思われた。
中止されたその時でさえ、何を失ってしまったのかをゲーマーは理解していなかった。
それがどんなものであったかを除けば、もはや、
それがかつてそこにあったとすら思われなかった。

173 :NPCさん:2001/08/04(土) 01:05
>>疑似闘争を体験する装置

これについてですが、例えば史実で一方が奇襲を受けた場合を扱った
ウォーゲームの場合、奇襲を受けたことを前もって知っているわけですから
奇襲を受ける体験はできません。
ということは、現実的・歴史的にはありえないこと(つまり奇襲を受けた側が
奇襲を受けたと知っていること)を体験することがシミュレーション
なのでしょうか?

174 :NPCさん:2001/08/04(土) 01:11
卓さん、ありがとうございます。
思わぬ展開で、有意義な板になっていますね。

175 :NPCさん:2001/08/04(土) 01:49
>>163

確かに将棋のプロは仕事で将棋を指すわけですが、彼が競技をし、遊技をして
いることにはかわりがないと思います。ホビーユーザーが「遊び」、プロの軍
人が「学ぶ」というような違いはありません。軍人さんはホビーユーザーのた
めに「遊んで魅せている」わけではありません。
もちろん、プロ棋士の場合、試合を「魅せる」という行為が加わり、金銭を稼
ぐという目的もあるわけですが、それをいうと軍人のウォーゲームも究極的に
は「仕事のため」であり、ちょっと私的には定義の範囲からはずれてしまうよ
うに思えます。
もちろん定義的には、将棋もウォーゲームたりえ、道具であると思います。
将棋というのは9×9マスのボードと40個のコマと、それを動かすルールの
ことですから。
将棋を道具と呼ばないのは、道具でないからではなく、それを道具として意識
していない、遊技という一つの目的のために使用しているので、遊技という要
素を含んだ言葉になってしまっているからではないかと思います。

もっとも、この点に関しては、私なりにもう少し考察してみたいと思います。
ご指摘ありがとうございます。

また、ウォーゲームにRPGとしての要素はあると思います。
その逆もあり得ると思います。SPIのNATO Division Commanderのコントローラ
ゲームはRPGといってよいと思います。

176 :NPCさん:2001/08/04(土) 01:50
>>165

なるほど。
確かにそのように思えますね。ちょっと考えてみました。私は、
ウォーゲーム=「ゲームの方法を用いたシミュレーションの道具」
シミュレーション=「仮想現実の疑似体験、または再現行為」
ゲーム=「闘争、競技、または遊技」
と定義したいと思います。
要素が該当する対象に幅があるかもしれませんが、
定義としては扱う範囲にそれほどの差はないように思います。

また、上記のように定義すると、以下の用語は、
シミュレーション・ゲーム=「シミュレーションを題材にした競技、遊技」
ウォー・ゲーム=「戦争を題材にした競技、遊技」
ウォー・シミュレーション=「戦争を題材にした仮想現実の疑似体験または再現」
となるように思います。

ご指摘ありがとうございます。
私自身、自分の考えをまとめるきっかけになりました。
さらにご意見を伺えれば幸いです。

177 :NPCさん:2001/08/04(土) 01:51
>>173

鹿内氏の著作にあるように、「奇襲のショック」をシミュレートしようとする
ゲームも存在すると考えてよいと思います。ただし、その場合「史実の精密な
再現」という点は、ややオミットされることもあるようです。
これは、そのウォーゲームがなにをシミュレートしようとしているかというス
タンスというか、目的の相違だと思います。

178 ::2001/08/04(土) 02:17
>>176さん
まとめが、とても興味深くて目から鱗でした。
「ウォーゲーム」と「ウォー・ゲーム」や、
「シミュレーションゲーム」と「シミュレーション」と「シミュレーション・ゲーム」などなど、
今までほとんど意識しなかったのですが、一連の皆さんの議論を読んで、
この「・」にも、なにか意味がありそうだな、、ということを再認識しました。

そして、ダニガン氏の著述では、「ウォー・ゲーム」ではなくて、
「ウォーゲーム」と書かれていることについても、
なんとなく自分で考察していけるような気がします。

179 ::2001/08/04(土) 02:45
>>62さん
>またシミュレーションとして考えるならば、ウォーゲーム形式の
>対面プレイに限定することなく、ソロプレイ用の研究材料(?)として
>の制作も可能であったのではないでしょうか?

これ、以前考えたことがありました。
なぜSPIは、ソリテアゲームとして発売しなかったのだろうって。
私なりの推測なのですが、

・上記のダニガン氏の著述にあるように、同氏は、
 戦争は対立する2者(以上)で通常行われるものであるという認識を持っていたため、
 それと同様に、2プレイヤー(以上)でプレイする形式のものを製作することが、
 一番無理のない方法論だと当時判断した。

・当時1970年代後半の状況では、まだソリテアゲーム市場が未成熟であったため、
 販売戦略として。

あたりなのかな、、などと考えております。
ただ、おそらく、彼らのことですから、SPI内部では、
ソリテアゲームの検討は、早くからなされていたのではないかと推測しています。
SPI社の倒産後、設立されたVG社に異動したSPIチームによって、
その後、名作と呼ばれるソリテアゲームがいくつも開発されたのは、
その当時の経験が活かされたのではないかと推測しています。
(大変遅レス申し訳ありません)

180 :NPCさん:2001/08/04(土) 09:29
瑣末な用語に拘泥しているバカを相手にする必要がないことは、
卓の翻訳で明らかになったと思う。シミュレーションとしてデザ
インされたウォーゲームをゲームとして遊ぶことはできるし、そ
れはデザイナー側の意図から言っても完全に否定されているわけ
ではない。あるシミュレーションゲームを取り出して、それがシ
ミュレーションであるかウォーゲームであるかを判定することは、
純粋客観的に一意に決定できるわけではない(ほとんどシミュレー
ションとは呼べないゲームや、ほとんどゲームとしては遊べない
シミュレーションもあるが)。そういう意味では「程度問題」だ
と言えなくもないが、ほとんどのシミュレーションゲームは両方
の立場からプレイできるということが大事な部分だと思う。

歴史を再現し、学ぶという観点では、その瞬間々々にどのような
選択肢があったのかを体験できれば良いのですが、ゲームとして
の観点を導入し、歴史の再現から離れて「可能性の探求」に飛躍
することは、歴史の再現という観点からは邪道であっても、その
歴史をより深く理解するために無益とは言えないでしょう。それ
がゲーム形式で歴史をシミュレートすることの効能です。

181 :NPCさん:2001/08/04(土) 12:19
>>180

歴史をシミュレートするのはデザイナーだけであって、プレイヤーは単にゲームとして遊んでいればいいんじゃないの?邪道な手段が可能だというのは、そのゲームの完成度の低さのせいだとおもうのだが。

182 :NPCさん:2001/08/04(土) 12:22
ちなみに、
シミュレーション性がゼロのゲームって、何かありますか?
ジャンケンだってシミュレーションでしょう。

183 :NPCさん:2001/08/04(土) 12:23
>>181
そういうプレイもプレイヤー同士で同意していればありでしょ。
っていうか、どういう態度でプレイするかぐらい、プレイヤー同士で
同意を形成しろよ。ルールに疑義があったり、邪道な手段を試してみ
たい場合には、プレイ前に確認をとっておけばいいでしょ。
「このルールってどう解釈する?」
「今日はシミュレーション的にはちょっと邪道な作戦をやってみたい
んだけど、いいかな?」
こんな一言で解決することじゃん。

184 :NPCさん:2001/08/04(土) 12:24
>>182
極論に走るのはガキ。

185 :にけ:2001/08/04(土) 12:55
>>181
リンク先を眺めただけだしウォーゲーマーでは無いのでで間違ってるかもしれませんが。

ダニガンは歴史上のイベントについて試行錯誤する楽しみを語っているように見えました。
また、ウォーゲーマーがソロプレイを行うこともあるわけですし、歴史のシミュレートをウォーゲームの正当な「プレイ」として認めるべきなのでは?
(どっちが正統かとか言う話はあり得るでしょうが、それは議論の対象でしょう)

186 :NPCさん:2001/08/04(土) 14:50
>>180
だったらバカな説明をするのをやめろ。

187 :NPCさん:2001/08/04(土) 14:55
>>鹿内氏の著作にあるように、「奇襲のショック」をシミュレートしようとする
ゲームも存在すると考えてよいと思います。

奇襲は多くのウォーゲームが指揮官の体験としてはシミュレートは
していないものとなっています。
この点からは、体験装置とは呼べない、あるいは呼べるにしても
現実とは異なる(しかも重要な点において)ものを「体験」する
ということになると思います。

またゲームと表記されていますが、ウォーゲームの誤記ですね?

188 :NPCさん:2001/08/04(土) 15:03
>確かに将棋のプロは仕事で将棋を指すわけですが、彼が競技をし、遊技をして
いることにはかわりがないと思います。

競技をしているでしょうが、遊技ではないのでしょう。彼らはそれで食っている
のですから、仕事の一環です。
プロ棋士が遊技をしているのであれば、軍人も遊技をしているのでしょう。

それからRPGもシミュレーションということでよいですね?
またこれまでの主張から当然、道具でもありますね。

189 :NPCさん:2001/08/04(土) 16:09
>>188

プロ野球選手は、野球というスポーツを観衆にみせるショーマンです。
成績により査定が上がるのは副次的なことで、
彼らは間違えなくスポーツをやっているのです。

プロ棋士も同様、
将棋という遊技をプレイしているのではありませんか?

>プロ棋士が遊技をしているのであれば、軍人も遊技をしているのでしょう。
これについては、意味がよく分かりませんが・・・。

190 :NPCさん:2001/08/04(土) 18:34
>プロ野球選手は、野球というスポーツを観衆にみせるショーマンです。
>成績により査定が上がるのは副次的なことで、
>彼らは間違えなくスポーツをやっているのです。

スポーツをやっているのでしょうが、遊技とは違います。

同様に棋士も将棋をやっているのであり、遊んでいるのではありません。

>プロ棋士が遊技をしているのであれば、軍人も遊技をしているのでしょう。
>これについては、意味がよく分かりませんが・・・。

棋士のやっているのが遊技であるならば、軍人のやっているのも遊技と
いう意味です。
どちらも仕事としてやっているわけですから。
知力を使って、知的業務をしているということです。

191 :NPCさん:2001/08/04(土) 21:10
ま、ゲームという用語は一般名詞だから、ひろく捉えることもできるので
厄介と言えば厄介だよな。ハナザー式シミュレーションゲームみたいな用
語を使えば、ゲームの性質を細かく言い表したりもできるけど、そのゲー
ムをそう呼称することに反論のある奴をなくすことはできないだろうしね。

そろそろ話題変えない?

192 :NPCさん:2001/08/04(土) 21:23
>>187
奇襲を体験することを意図したウォーゲーム「もある」と申し上げたので、
そうでないウォーゲームが多くあることも事実です。
ウォーゲームはその機能上の制限もあって、
実戦のすべてを忠実に再現することは、完全にはできません。
あくまでも模擬、シミュレーションですから、
目的に応じた抽象化や省略はあり得ると思います。

そういう意味では、おっしゃるとおりですが、
そのうえで「体験装置とは呼べない」とはいいきれないと思います。
避難訓練は実際の火災を体験するわけではないので、火災の恐怖を経験する
ことには使えませんが、実際の火災時の行動を体験するという「重要な」
役割を持っています。
こうしたことがプロのウォーゲームにはいえると思います。
そしてそれは、同じ形でホビーユーザーも体験できるわけで、
ウォーゲームの持っている機能の一つとして定義できると思います。

193 :NPCさん:2001/08/04(土) 21:24
>>190

スポーツは遊技です。
将棋も通常遊技としてプレーされています。
プロスポーツ選手、およびプロ棋士は、
遊技を報酬をもらってやってみせているわけで、
その点で軍人がウォーゲームをプレーするのとは異なると思います。

戦争は遊びではなく、
軍人におけるウォーゲームは戦争のための訓練のおよび研究なのですから、
プロのウォーゲームは遊技ではないということになります。
そして、ホビーにおいては、この遊技ではないウォーゲームを
遊技としてプレーすることもできるということだと思います。

逆にいえば、プロのウォーゲームでは、プロスポーツと違い、
遊技としてのホビーのウォーゲームを、
報酬をもらってやっているわけではありません。
目的が異なるわけです。
ですから、ウォーゲームは道具で、さまざまな目的に使用できると
定義しているわけです。

194 :NPCさん:2001/08/04(土) 21:32
>190

>同様に棋士も将棋をやっているのであり、遊んでいるのではありません。

将棋は遊びです。彼らは遊技をして報酬を得ているのです。
彼らのスポンサーが
なぜそんなことに金を出すのかと言うことを考えれば、
将棋はどこまで行っても遊びでなければならないと思いますが。

>どちらも仕事としてやっているわけですから

確かに職業軍人という言葉はありますが・・・
仕事と呼ぶのは如何なものでしょうかね。

195 :NPCさん:2001/08/04(土) 21:45
思うにさ、シミュレーションならシミュレーションという言葉を
いくら説明しても、きちんと理解できない人を根絶できるわけが
ない。個々の稚拙は滅ぼせても、稚拙そのものをこの世から葬り
去ることはできないってことだな。勉強不足の奴には勉強しなお
してこい、とか、せいぜい>>84みたいにソースを示すぐらいが加
減ってもんじゃないの。

196 :NPCさん:2001/08/04(土) 22:01
自衛官がやると・・ぷ

197 :NPCさん:2001/08/05(日) 08:17
>確かに職業軍人という言葉はありますが・・・
>仕事と呼ぶのは如何なものでしょうかね。

仕事と呼ぶのではないとすれば、何と呼ぶべきでしょう。
金儲けではないでしょうが・・・・。

198 :NPCさん:2001/08/05(日) 23:15
>>192

避難訓練の例についてはその通りだと思います。
訓練は当然実際の完全な再現ではありませんが、だからといって意味がない
わけではなく、有事の際に役に立ちます。
訓練もしていないことを急にはできないでしょうから。
また心理的な備えにもなりますね。

ただ非現実的状況の再現をもって、シミュレーションとは呼び得ないであろう
と考えています。

199 :NPCさん:2001/08/05(日) 23:25
棋士のする将棋に関してですが、ゲームという語を用います。
ウォーゲームはゲームではないという主張がされているので
ゲームという語はできるだけ避けて書いていたのですが
説明上使用した方がよいと考えたので使います。

将棋はゲームであり、ウォーゲームも同様にゲームです。
プロ棋士は将棋を遊びでやっているのでは(ゲームをしていますが)
仕事として行っています。
プロ棋士が将棋を指したり、棋譜の研究をしているのは
遊んでいるのではありません。仕事なのです。
プロ棋士がウォーゲームをやっていたら、それは仕事ではなく
遊んでいます。
軍人がウォーゲームをやるのは仕事ですが、将棋をやるのは
遊びです。
軍人が定められた時間以外の仕事中に、あるいは余暇に
ウォーゲームをやっていたら、それは遊びでしょう。
(仕事熱心または中毒という可能性もありますが。)

200 :NPCさん:2001/08/05(日) 23:33
コテハンつけてよ。読みにくいよ。

201 :NPCさん:2001/08/05(日) 23:36
>逆にいえば、プロのウォーゲームでは、プロスポーツと違い、
遊技としてのホビーのウォーゲームを、
報酬をもらってやっているわけではありません。

軍人のウォーゲームは、詳細が不明です。情報がほとんどないと
思いますが、あるのでしょうか?

ダニガンによれば軍人のウォーゲームは、ホビーのダウングレード
版もあるということです。
この点からいえば、遊技としてホビーのウォーゲーム(の
ダウングレード版)を報酬をもらってやっております。

軍人のウォーゲームを、ウォーゲーマーが遊技としてプレイ
することは可能でしょう。
(現実にプレイ機会があるか、その場が提供されたときに可能かどうかという点で)
従って、ウォーゲーマーが遊技としてプレイできるウォーゲームを
軍人は報酬をもらってプレイしています。

202 :NPCさん:2001/08/05(日) 23:39
かなり誤記がありますね。失礼。

誤:(現実にプレイ機会があるか、

正:(現実にプレイ機会があるかどうかということではなく、

203 :NPCさん:2001/08/05(日) 23:57
コテハン、いじめられないかなあ・・・・。

204 :NPCさん:2001/08/05(日) 23:59
いじめられます。

205 :NPCさん:2001/08/06(月) 00:50
>>203
取り敢えずこのスレ専用の捨てハン使うがよし。

206 ::2001/08/06(月) 01:30
>>183
>っていうか、どういう態度でプレイするかぐらい、プレイヤー同士で
>同意を形成しろよ。ルールに疑義があったり、邪道な手段を試してみ
>たい場合には、プレイ前に確認をとっておけばいいでしょ。
>「このルールってどう解釈する?」
>「今日はシミュレーション的にはちょっと邪道な作戦をやってみたい
>んだけど、いいかな?」
>こんな一言で解決することじゃん。

これ、おっしゃるとおりだと思います。
このあたりのちょっとした互いのコミュニケーションが
とても大事だと思うのです。

207 :NPCさん:2001/08/06(月) 03:02
>>198

完全に現実的な模擬というのはほとんど考えられないので、シミュレーション
にはなんらかのかたちで抽象化や省略が生じるのはやむを得ないと思います。
その点では非現実的な点があってもシミュレーション足りうると思います。

208 :NPCさん:2001/08/06(月) 03:02
>>199

「ウォーゲームはゲームではない」というのは、言語の定義としてであって、
ウォーゲームはゲーム足り得ます。その点ではおっしゃるとおりだと思います。
このことはすでに述べたのですが、一応、確認させていただきます。

そのうえで重要なのは、軍人が仕事でプレーするウォーゲームは遊技ではない
ということです。プロ棋士が仕事でするゲームは、遊びではありませんが遊技
です。ご理解いただけないでしょうか。

「遊びでやっているか」どうかは問題ではなく、「遊びをやっているかどうか」
が問題なのだと思います。

ただし、これは視点の問題を多く含むので、難しいところだと思います。
その行為自体を問題とすれば、おっしゃるとおりなのかもしれません。

ですから、私はウォーゲームを行為としてではなく、道具として定義しようと
考えたわけです。

209 :NPCさん:2001/08/06(月) 03:03
>>201

>ウォーゲーマーが遊技としてプレイできるウォーゲームを
>軍人は報酬をもらってプレイしています。

そのとおりですが、彼らが報酬をもらってプレーしているウォーゲームは、遊
技としてではなく訓練として行われているわけです。
彼らの使用している道具は遊技としても使用できるが、彼らはそうしてはいな
い、ということです。

当初からの私の主張は「ウォーゲームは遊技としても訓練としても研究として
も使うことができ、そうした目的とは別の定義が必要で、それが道具というこ
とである」と要約できると思います。
私が申し上げているのは「ウォーゲームはゲームとして使用できるというだけ
で、その全体が遊技としてのゲームに含まれる概念ではない」ということです。

210 :NPCさん:2001/08/06(月) 06:01
ところで,軍が実際に行う机上シミュレーションは過去の出来事を
再現して検討するヒストリカルなものと,仮想戦とどちらが多いので
しょうね。私は圧倒的に後者だと思うんですが。

そして,そういったシミュレーションが対戦形式ではあったとしても,実際の
シミュレーションは常に相手とどういう意味があってどう行動したかを
吟味しながら進めていくのではないでしょうか。

あと,市販のシミュレーションゲームは初期配置や勝利条件を
デザイナーが決めますが,実際のシミュレーションでは
これらも実際に行う当人達が各種情報やシミュレーションの目的
(要するに作戦検討)にしたがって決めるのでは?

211 :NPCさん:2001/08/06(月) 08:25
で「SPIのウォーゲームはシミュレーションじゃない」君は納得したのかな?

212 :NPCさん:2001/08/06(月) 13:59
>>201

ウォーゲームのプロというのは、棋士のように、ウォーゲームのプレイを人に見せて金を取れる人のことであって、軍人が演習シミュレーションに使ったからといって、彼らがウォーゲームのプロというのはどうかな?

213 :NPCさん:2001/08/06(月) 14:12
>>199

>プロ棋士が将棋を指したり、棋譜の研究をしているのは
>遊んでいるのではありません。仕事なのです。

彼らの仕事が、「将棋という遊び」だ、と言うだけのことです。
特殊な世界のことに、常識的な線引きは無用でしょう。

214 :NPCさん:2001/08/06(月) 23:37
>>208

遊技とは何かということが問題です。
私は「遊び」と捉えたのですが異なるのでしょうか?


なお私は将棋はゲームであるとしています。
ウォーゲームもゲームですね?
で、プロ棋士はゲームをしているが仕事であって遊んでいるわけではない
ということです。
軍人もゲームをしているが仕事であって遊んでいるわけではない。
で、プロ棋士が将棋というゲームをしているのを指して遊んでいるというので
あれば、軍人はウォーゲームというゲームをして遊んでいるのでしょうという
ことです。

215 :NPCさん:2001/08/06(月) 23:42
完全に現実と同じシミュレーションはほとんどないと思いますが
その程度は大きく違います。
(シミュレーションは完全に現実と同じである必要があると主張
しているのでありません。)
で、非現実的であるものをシミュレーションと呼ぶのは不適切では
ないかというのが私の主張です。

216 :NPCさん:2001/08/07(火) 00:05
>>210
恐らく、このような形式のウォーゲームであると思われます。

で、軍用のウォーゲームをウォーゲーマーがプレイすることは可能である
だろうということです。

217 :NPCさん:2001/08/07(火) 00:08
体験=シミュレーションという定義の場合、RPG、映像、本も
シミュレーションということになるかと思いますが
この理解で良いでしょうか?

218 :NPCさん:2001/08/07(火) 04:03
>>214

繰り返しになってしまって恐縮なのですが、
ウォーゲームは「私的な言語の定義上は」ゲームではありません。

なお、遊技は遊びと言い換えてもかまわないと思います。

プロ棋士が将棋をプレーするのは、「遊技の道具を、遊技として
プレーすることを仕事としている」のであり、

軍人がウォーゲームをプレーするのは、「遊技の方法を用い、
遊技としても使える道具で、訓練や研究(仕事)をしている」

ということです。つまりプロ棋士は言語的には、
これも繰り返しになって申し訳ありませんが、
「プロ棋士は仕事として将棋を遊んでいる」のであり、
軍人のウォーゲームとは全く異なります。

219 :NPCさん:2001/08/07(火) 04:05
>>215

おっしゃることは、なんとなく理解できますが、
「非現実であるものをシミュレーションとは呼べない」というご意見と、
「シミュレーションは完全に現実と同じである必要はない」は、
申し訳ないのですが、私には矛盾しているように思えます。

以前どなたかがおっしゃっていましたが、
レーシングカーの風洞実験は、実際のサーキットとはまるで異なる環境で
行われています。しかしそれでも、ある程度の現実性からある程度の精度の
データを得ることができ、そこから先はスタッフが自らの力で研究する
ことになります。つまりシミュレーションというのは目的に応じた部分的な
現実性の再現であるということがいえると思います。

ですからウォーゲームにおいても、それによって体験できる現実性を
体験者が理解し、該当する目的に応じて使用すれば、その他の部分が
現実的になくてもよいということになります。

220 :NPCさん:2001/08/07(火) 04:05
>>217

ウォーゲームにおけるシミュレーションとは通常、「能動的に体験すること」
ですので、読書や映像を鑑賞することとは異なると思います。
なお、RPGはシミュレーション足りうると思います。

また、体験=シミュレーションではなく、
シミュレーションを通じて体験するということだと思います。

なおシミュレーションという場合、フライト・シミュレータのように
訓練を目的にする場合と、風洞実験のように研究を目的とする場合があり、
ウォーゲームにおいても、両者があり得ると私は考えています。

221 :NPCさん:2001/08/07(火) 09:20
部外者の感想:
 取り敢えず「遊びと人間」読め。
 遊戯とは何か、くらい統一して欲しい。

222 :NPCさん:2001/08/07(火) 12:35
>>211

「遊びと人間」の著者カイヨワ氏はフランス人で、この本における「遊び」
はフランス語のjeですので、若干ニュアンスが難しいところがあるとは
思いますが。
jeに相当する英語は、おそらくplayですが、gameの概念も含んでいますね。
このあたりが、日本語において「遊び」の概念の難しさにも通じるところ
かもしれません。

223 :ROM:2001/08/07(火) 13:09
議論がまとまったら、編集してPDF本にして無料配布してくださいね。

224 :221:2001/08/07(火) 13:55
>>222
あの本を挙げたのは『プロがやることは遊びか』という命題が正にあの本で扱われていることだから。
言葉の問題が無いとは言わないが、それは余り関係ないよ。

225 :NPCさん:2001/08/07(火) 14:53
>>218
ウォーゲームはゲームであると主張しているのかゲームではないと
主張しているのか全くわかりません。
ゲームではないと主張しているいうことでよいのでしょうか?

>「プロ棋士は仕事として将棋を遊んでいる」のであり、
>軍人のウォーゲームとは全く異なります。

仕事として遊んでいるというのは矛盾しているように思います。
仮にプロ棋士が遊んでいるのであれば、軍人も仕事として
ウォーゲームを遊んでいるでしょう。

私の方も繰り返しの主張になりますが
軍人のウォーゲームを、ウォーゲーマーがプレイすることは可能
であり、それは仕事ではなく、遊びです。
そのウォーゲームを軍人は仕事としてプレイしているわけです。

226 :NPCさん:2001/08/07(火) 15:10
>>219
矛盾点があれば遠慮なく指摘してください。
こちらも遠慮なくやっていますので。

風洞実験はシミュレーションであると判断しています。

ただし「まるで異なる環境」では、実態にあったシミュレーション
とは言えないでしょう。
たとえば、空気密度を現実の100分の1にした場合には
異なる結果が生じ、それを(通常の)サーキットのシミュレーションと
は呼べないでしょうし、同様に温度を酷寒・猛暑のものにした
場合、そうでない地域のシミュレーションといえないでしょう。

あなたの定義では、非現実なものをシミュレーションと
呼んでいるのですよね?
(どんな体験でもシミュレーションと呼ぶという定義であれば
非現実的でもシミュレーションになります。)

227 :NPCさん:2001/08/07(火) 15:17
>>220
かの定義者の定義には、能動性については規定がありません。
従ってその定義によれば、能動性の低い映像や本もシミュレーション
ということになると思います。

なお読書は全く能動性がないかというとそうでもなく、
理解し(しようとして)読み進めるという行為は
かなり能動的な行為ではないかと考えます。
映像については、通常受動性が高いでしょうね。

228 :NPCさん:2001/08/07(火) 15:19
>>223
読む人いるのかなあ・・・・。

229 :ハナザー:2001/08/07(火) 18:39
>>83

> それよりもなぜ排除をしなければならないのだろう。

 ハナザースレで説明済み。もし読んでもわからなければどこがどうわからないのか説明してあげるから、揚げてミソ。

>>86

> ハナザー、おまえはウォーゲームに関してダニガンと違う解釈なんだな?

 主張の論拠不明。むしろ今までの発言を見ていれば、近い方だと思うと判断するのが正しいと思うが? ただダニガン氏は「妥協的に」ウォーゲームと呼び、私は「原理主義的に」シミュレーションゲームと呼ぶべきだと言っているだけの事。

>>124

> ハナザー、定義はいいのか? 辞書を引くのが定義か?

 既に私に関するものは、全て定義済み。辞書を引くのが定義なのではなく、特に問題とならないものは辞書に載っている定義で十分だと言う事。まあそれぐらいもわからなければ壊れたレコードのように、何度も同じ質問を繰り返すのもムリはないが(藁

>>131

> よかったねハナザー。みんな盛り上がっているよ。

 うむ。少なくとも何人かの人々は、「シミュレーションゲーム(あるいはウォーゲーム)という言葉とその本質」について、考察しているわけだからな。

>>134

> お願いだハナザー、この学歴についての話題について(忘れたとはいわせねえ)レスしてくれ。

 「統計」とか「選挙結果」とかって、知ってる? これらは別に「個々人の」動向については、どうでもいいワケでしょう。私の話も「個々人がどうか」について述べてるわけじゃないんだから、それでも「《私の》学歴」に拘るのなら「単なるプライバシーの詮索」だわなあ。私はそんな事に協力する気はないので、せいぜい自分で興信所にでも頼んで調べろや(藁

230 :ハナザー:2001/08/07(火) 18:43
>>163

> トランプ等もシミュレーションたりうるということですね。

 たとえば「各カードに対照表が必要なほどの意味を盛り込んだゲーム」とかならば、シミュレーションと呼びうるものを作れるでしょう。

> そうなるとRPG等(例えばナポレオンのRPG)もシミュレーションという可能性があるかと思いますがそれでいいでしょうか?

 もちろん「それを目的として製作され、使用されれば」。

>>180

> 瑣末な用語に拘泥しているバカを相手にする必要がないことは、卓の翻訳で明らかになったと思う。

 別に「単語そのもの」については、《ホニャララ》(皆がそれをそう定義するなら)だっていい。問題は「自分の中で概念を確立してない人が多過ぎる」点でしょう。

>>182

> ちなみに、シミュレーション性がゼロのゲームって、何かありますか?

 だから問題は「シミュレーション性の《多寡》」ではなく、「《目的》との兼ね合い」だっつーの。現代最高のスーパーコンピュータを使っても「(判明している限りの)DNA の働きの完全な再現」はムリですが、Fire Fight のような簡単なボードシミュレーションゲームでも「中隊〜大隊レベルの戦術の再現」という点では、十分《シミュレーションしている》ってえ事になるしょう。

>>188

> それからRPGもシミュレーションということでよいですね?

 私は確か4年位前から、「ボードシミュレーションゲームの目指すべきは、その特性上マインドシミュレーションでありコマンダーロールプレイングゲームだ」と言ってましたね。

>>200

> コテハンつけてよ。読みにくいよ。

 私もどのコメントがどのコメントに繋がるのか、すごく混乱した(笑)。せめてハンドルにコメント先の発言番号を入れるとかして欲しいね。

231 :ハナザー:2001/08/07(火) 18:44
>>210

> そして,そういったシミュレーションが対戦形式ではあったとしても,実際のシミュレーションは常に相手とどういう意味があってどう行動したかを吟味しながら進めていくのではないでしょうか

 その通り。確か日本陸軍の参謀本部について書いた本だったと思うが、そういう「ディスカッション形式の」シミュレーションの話も載ってた。

 ただダニガン氏やパーラ氏の本を読むと(少なくともアメリカでは)後の講評はあるもののそのプレイ中は「完全にゲーム形式の」シミュレーションも、軍は採用しているそうだしね。

>>217

> 体験=シミュレーションという定義の場合、RPG、映像、本もシミュレーションということになるかと思いますがこの理解で良いでしょうか?

 「シミュレーションの場合《も》ある」

 だからそれらの中で「《結果》としてシミュレーションがおこっている」のとシミュレーションゲームにおいて「シミュレーションを《目的》としている」というのが、今の話題。

>>226

> ただし「まるで異なる環境」では、実態にあったシミュレーションとは言えないでしょう。
> あなたの定義では、非現実なものをシミュレーションと呼んでいるのですよね?

 問題は、「まるで異なる環境」なのかどうかという事でしょう。少なくとも軍は「Fire Fight 」や「Flight Leader (Check Six!)」を「訓練に用いる事の出来る程度には、《シミュレーションな部分がある》」と考えているわけでしょう。

>>207

> その点では非現実的な点があってもシミュレーション足りうると思います。

は「非現実的な《点》がある」と言っているのであって、「《全て》が非現実的だ」と言っているわけではないですし、

>>219 においても重要なのは

> 目的に応じた部分的な現実性の再現

> それによって体験できる現実性を体験者が理解し、該当する目的に応じて使用すれば、その他の部分が現実的になくてもよいということになります。

という部分だと思います。

232 :NPCさん:2001/08/07(火) 22:38
サラリーマンが休日だけ農作業をしているとします。
彼にとっては遊びであるわけです。
これをもってして、農家は遊んでいるという主張でしょうか?

プロボクサーがいるとします。
収入はやっと生活ができるくらいです。
勝つこともあれば負けることもあります。
彼が減量をしたりロープワークをしたり、試合で命賭けで殴り合いをする事は
遊んでいるのでしょうか?
あまり発生はしませんが、試合が原因で死者がでる場合がありますし
ケガは頻繁に発生するし、後遺症も発生するでしょう。

233 :NPCさん:2001/08/07(火) 22:43
排除については、排除スレッドで説明してみろ。ここに持ち込むな。
ハナザースレッドは削除されたからな。
>ハナザー

234 :NPCさん:2001/08/07(火) 22:47
>>229
おまえが定義できないから、同じ質問をしているんじゃないか。
定義できないのを屁理屈でごまかすな。
もっともこれぐらいの事もわからないだろうな。

235 :NPCさん:2001/08/08(水) 00:44
>>224

なるほど。
確かに、「遊び」という概念をスレッド内で統一するという意味では、
「遊びと人間」を基準にするというのは、アイディアかもしれません。
ご指摘ありがとうございます。

「遊びと人間」ロジェ・カイヨワ 講談社学術文庫(単行本もあり)

236 :NPCさん:2001/08/08(水) 00:44
>>225

>ウォーゲームはゲームであると主張しているのかゲームではないと
>主張しているのか全くわかりません。

再び繰り返しになりますが、簡単にまとめますと私は、
「ウォーゲームは言葉の定義としては、遊技を目的とする一般的な意味でのゲ
ームではなく、遊技であるゲームの方法を用いたシミュレーションの手段とし
ての道具であり、それは遊技やその他の目的に使用でき、遊技として使用する
場合には、一般的な意味でのゲームになりうる」
と考えています。


>仕事として遊んでいるというのは矛盾しているように思います。
>仮にプロ棋士が遊んでいるのであれば、軍人も仕事として
>ウォーゲームを遊んでいるでしょう。

私の考えでは、両者は矛盾しません。
「遊技」と仕事は対立する概念ではありません。
上記でおっしゃられていることはもっともですが、
プロ棋士は「ゲームをプレーすること」が仕事の目的であるのに対し、軍人は
「ゲームをプレーすることによって訓練や研究を行う」ことが仕事の目的です。
私の見解では、このふたつは相当に異なる概念であり、ウォーゲームは両者を
包有しているために「目的としてのゲーム」ではなく「手段としてのゲーム」
つまり「ゲームの手法を用いた道具」と定義しているのです。

ですから私は「ウォーゲームはゲームではない」と主張しているのではなく、
「ウォーゲームという語は手段を表す道具としての用語であり、目的としての
ゲームと同一の概念ではない」と主張しているわけです。

その点で、おっしゃられていることは理解できますし、
そのとおりだとも思うのですが、「私のいいたいのはそういうことではない」
ということになるのです。

そもそも私は「シミュレーション・ゲームとウォー・ゲームは対立するもので
はなく、同じ道具の別の側面だ」というところからこの定義を行ったので、
「ウォーゲームはゲームでない」は、私の主張の核心ではありません。
ですから再三「ゲームでもあり得る」と申し上げているのです。

237 :NPCさん:2001/08/08(水) 00:45
>>226

>風洞実験はシミュレーションであると判断しています。
>
>ただし「まるで異なる環境」では、実態にあったシミュレーション
>とは言えないでしょう。

そのとおりです。しかしある部分において実態にあっていれば、その部分では
シミュレーションだといます。ハナザーさんもおっしゃっておられるとおり、
目的に即した部分への手段の適応と、適切な抽象化ということだと思います。
これは程度の問題で「完全に現実的なシミュレーションはあり得ない」とすれ
ば、すべてのシミュレーションはシミュレーションではなく、シミュレーショ
ンなど存在しないということになります。
シミュレーションは道具であり、それをどのように利用するかは、利用者の目
的とそれにあった装置によるということだと思います。


>あなたの定義では、非現実なものをシミュレーションと
>呼んでいるのですよね?

前述のとおり、私はウォーゲームをはじめとする装置の現実を再現しようとし
ている部分をシミュレーションと呼んでいるのであり、上記のような解釈は誤
解です。「シミュレーションは現実を部分的に再現する装置で、非現実的な部
分は必ず生じる」と私は考えます。

238 :NPCさん:2001/08/08(水) 00:46
>>227

>かの定義者の定義には、能動性については規定がありません。

ウォーゲームに関するシミュレーションについての定義でしたので、
道具としてのウォーゲームを「使用する」ことによる体験ですから、
説明の要なく能動的であると考えていました。
説明が足らず申し訳ありませんでした。

>なお読書は全く能動性がないかというとそうでもなく、

これは論点が違うと思います。
私も「読書に能動性がある」というのはおっしゃるとおりと思いますが、
「疑似現実世界の仮想体験」とはいいにくいと考えていました。
もっともこれは程度の問題ということもいえるかもしれませんので、
そういう意味ではおっしゃるとおりかもしれません。
「読書も映像もその目的と使用法によってはシミュレーション足りうる」
といえるのかもしれないですね。

239 :NPCさん:2001/08/08(水) 00:47

>>232

農家に関しては、
目的次第で遊びにも仕事にもなりうると思います。

プロボクサーに関しては、
私は彼は
「危険な、厳しい『遊技』を真剣にプレーすること」
を仕事としていると考えます。
「遊び」という言葉は「楽なこと」とか「安全なこと」といった
概念を含まないと思います。
「楽に安全に」プレーできるというだけのことです。

240 :NPCさん:2001/08/08(水) 01:44
>>225

ちょっと拡散してきたのでまとめてみます。

「ウォーゲーム」は「ゲームの手法を用いている」という意味ではゲームであり、
その点ではウォーゲームはゲームです。
しかし、ゲームが「ゲームをプレーすることを目的とする」概念である場合、
「ウォーゲーム」はそうでない目的に使用されることもあるため、
「ゲームでないこともある」ことになります。
もちろん「ゲーム」として使用することも可能な場合があります。

その結果、「ウォーゲームはゲームの手法を用いているが、
ゲームとして使用する場合もそうでない場合もある」ということになり、
ウォーゲーミングつまり「ウォーゲームをする」ことが「遊技を行う」
という意味での「ゲームをする」ということと同義でないことになるので、
「ウォーゲームは言葉の定義としてはゲームではない」ということになります。

241 :NPCさん:2001/08/08(水) 02:51

どうも、ゲームという言葉の使用が混乱している発言者の方がおられるようです。

gameには「競技」「勝負」「方針」「意図」「遊び」といった。
さまざまな意味があります。
またドイツ語のspielおよびフランス語のjeuxには上記に加え、
英語のplayに相当する「演技」「演劇」「演奏」という意味もあります。

ただし「余暇」「気晴らし」といった意味はありません。これはrecreation
という言葉が当てはまります。

よって気晴らしや余暇で農業をやることと、ゲームとは関係がありません。


さらにそれ自体の目的と、それを行う目的とを混同されている方も
いらっしゃるようです。

将棋の場合目的は「競技」であり、これをプレーする目的は、
プロならば「仕事(極端にいえばプロの競技)」であり、
ホビイストなら「余暇」となります。
ウォーゲームの場合プロ(軍人)の目的は「シミュレーション」であり、
プレーする目的は「訓練」「研究」で、強いていえば「仕事」です。
ホビイストならば、その目的は「シミュレーション」または「競技」で、
それをプレーする目的は「余暇」です。

よって、仕事か余暇かは、ウォーゲームがゲームかどうかとは、
なんの関係もないということになります。

ちょっと気になったもので。

242 :NPCさん:2001/08/08(水) 05:37
>>241
>よって気晴らしや余暇で農業をやることと、ゲームとは関係がありません。

今の議論の中では確かにそうだと思うが。

>ただし「余暇」「気晴らし」といった意味はありません。これはrecreation
>という言葉が当てはまります。

こんなことを理由にするのはおかしい。
言葉はどう使われるか文脈で変化するから一概には言えまい。
それに、遊びは余暇と結び付けられるのが当然だろう。

言葉ではなく、実態に基づいて議論すべきではないのか。

243 :NPCさん:2001/08/08(水) 09:05
おそらくゲームという用語の定義を一般化することはできない。遊びや遊戯も
同様。特定の議論において、
「この議論においてはカイヨワの遊びの定義を前提とする」
のように限定的に定義を与えることはできても、その定義が普遍的なものに発
展することは考えにくい。

どうも議論のための議論に陥っている上に、これといった目標もなく、お互い
の発言の枝葉末節の確認作業ばかりで不毛です。

結論は出ているんじゃないですか?

●ウォーゲームとシミュレーションは、厳密には異なるものであるが、
その違いはプレイヤーの態度によって重要であったり、重要でなかった
りする。原理主義的に「本来どうプレイすべきか?」を追求しようとも、
自己満足に過ぎない(異なるプレイスタイルを排除することは事実上不
可能だから)。
●ウォーゲームはシミュレーション的興味に基づいてプレイすることも
できるし、競技的興味に基づいてプレイすることもできる(たいていは
その中間においてプレイされる)。そういう意味でウォーゲームは道具
であり、また、シミュレーションであり、ゲームでもある。だが、ゲー
ムとしてしか遊べないわけではないので、ウォーゲームはゲームではな
い、という言い回しもあながち間違ってはいない。

# で、疑義は何なんですか?

244 :NPCさん:2001/08/08(水) 12:53
>>243
基本的には同感です。
ただし、定義者は異なる見解であるようなので、議論を継続しているわけです。
恐らく異なっていると思うのですが、断定はできないわけで、それも含めて
確認・議論をしているわけです。

あなたがより生産性の高い発言を可能である可能性もあるので、その方向で
今後とも発言して下さい。
それによって議論が整理されることもあるでしょう。

疑義は簡単に言うと
ウォーゲームはゲームでないのか?ということです。
私はゲームとしているので、それをゲームでないとするのは不適切な定義
ではないかと議論をしているわけです。
それ以外にも例えば非現実的でもシミュレーションなのか?という疑義も
あります。

245 :NPCさん:2001/08/08(水) 13:01
>>243
ちょっと質問ですが、定義者の定義で何の疑問もなく、すべて
正しいと考えていますか?

246 :NPCさん:2001/08/08(水) 13:19
プロ棋士、プロボクサー、農家が遊んでいるというのも疑問です。

247 :NPCさん:2001/08/08(水) 15:11
>>244

>それ以外にも例えば非現実的でもシミュレーションなのか?という疑義も
>あります。
非現実的なシミュレーションというのは当然成り立ちますが、
設定の段階で既に非現実的なものは、シミュレーションにはならない、と言うことではないの?

248 :NPCさん:2001/08/08(水) 15:19
>>232

>サラリーマンが休日だけ農作業をしているとします。
>彼にとっては遊びであるわけです。
>これをもってして、農家は遊んでいるという主張でしょうか?

なぜ彼にとっては遊びなのでしょうか?
週一の片手間で補えるなら、誰も苦労はしません。
農業は甘くないですよ。

もう少し、ましな例えを出してください。

249 :NPCさん:2001/08/08(水) 19:00
>>244

私も>>243のまとめにほぼ全面的に同意しています。
というか、そもそも>>243は私の主張そのものです。

どうして「定義者は異なる見解」と思われたのでしょうか。

250 :NPCさん:2001/08/08(水) 19:07
>>246

プロ棋士の仕事は「優れたゲームをプレーし、美しい棋譜を残す」ことです。
「お金を稼ぐ」ことではありません。報酬は仕事に含まれるひとつの要素にすぎません。

同様に、軍人の仕事は国家を防衛することであり、お金を稼ぐことではありません。
ウォーゲームはそのためにプレーされるのです。

このふたつを同列に語ることはできません。

同じなのは「ゲームの手法を用いた装置を使用している」ことだけです。

またプロボクサーも「競技を魅せる」ことを仕事にしているという点で、
プロ棋士と同じです。

また、農家が遊んでいるなどとは申しておりません。
農業は(あるいは農家は)遊びにも仕事にもなりうる
と申し上げただけです。
そしてその両者の目的は異なるはずです。

251 :NPCさん:2001/08/08(水) 19:19
>>250
お金はあまし関係無いだろな。
しかしどれも「仕事」として同列だ。

カイヨワに言わせると遊びの“堕落”した形態ということになるな。
農業は除く。

252 :NPCさん:2001/08/08(水) 22:26
>>249
では定義をしていないという主張でしょうか?
あの定義では限定的定義であるとは書いていなかったと思いますが。
あるものに限定するというような文はありましたか?
あるようでしたら指摘をして下さい。

253 :NPCさん:2001/08/08(水) 22:29
>>249
あなたの定義はウォーゲームはゲームではないという定義ですよね?
で、この定義であれば、244の見解とは異なると思いますが。

254 :NPCさん:2001/08/08(水) 22:32
>>250
早合点であったようです。このように確認しなければわからない
こともあることを理解してください。>指摘したひと

では農家は遊んでいないのでしょうか?

プロの棋士・ボクサー・野球選手は遊んでいるということで
いいんですよね?

255 :NPCさん:2001/08/08(水) 22:41
>>248
農作業といっても色々あります。農家のものはかなり重労働でしょう。
家庭菜園のようなものであれば、サラリーマンでも可能でしょう。
また手伝いということであれば可能でしょう。

256 :NPCさん:2001/08/08(水) 22:52
おまえら脱線しすぎ。
あと、農家とか棋士とか舐めすぎ。

257 :NPCさん:2001/08/09(木) 00:14
>非現実的なシミュレーションというのは当然成り立ちますが、
設定の段階で既に非現実的なものは、シミュレーションにはならない、と言うことではないの?

いえ、非現実的なものをシミュレーションと呼ぶべきなのかというのも
論点のひとつです。
非現実設定のシミュレーションをするということであれば、確かにそれは
一種のシミュレーションのひとつでしょうが、現実のシミュレーション
を行おうとして、それが非現実的であるのならば、それはシミュレーションとは
呼べないのではないかということです。
(完全に現実と同じでなければならないという主張ではありません。)

下段のものも主張もシミュレーションではないという主張です。

258 :NPCさん:2001/08/09(木) 01:45
>>252、および>>253

ウォーゲームの定義に関しては
>>61>>130>>155>>208>>209>>218>>236>>240
を参照してください。

あらためてログを検討すると、「ウォーゲームはゲームではないという主張なのか?」
と最初に疑問を提示されているのは>>152であり、それへの回答が>>155の後半です。
この時点で、根本的には「ウォーゲームはゲームではない」とは定義されていません。

さらにさかのぼると、>>130において「ウォーゲーム」は「ゲームではない」と主張し
ていますが、これは「シミュレーションと対立する概念ではない」という文脈での発
言でありますので、誤解のないようにお願いいたします。

259 :NPCさん:2001/08/09(木) 01:46
また>>218では「言葉の定義上は」と限定しています。

そして>>161の「ゲームでないと考える人はほとんどいない」という指摘に対し、
>>162で、そうでない人も多くいることを申し上げました。
そして同時におなじ発言でウォーゲームを「ゲームとして用いることができる」と
しています。つまり「まったく排他的にウォーゲームはゲームにあらず」とは、
はじめから一度も主張しておらず、その点で>>162では「主張に変更はない」と
申し上げました。

ところが>>163ではこれを「定義者がウォーゲームはゲームでないという主張に
変更はない」と誤読しています。

その後の議論の対立は、この部分から始まっていると私は考えます。
ご理解いただければ幸いです。

260 :NPCさん:2001/08/09(木) 01:46
シミュレーションの現実性に関しては、>>173において「シミュレーションと非現実」
という問題提起がされました。
これに関しては、
>>130>>140>>177>>192>>219>>237
などで私的な解釈の説明を行っておりますが、
>>187において、見解に対立が生じます。
「非現実を内包するシミュレーションは許容されるか」という部分で、
「非現実な体験はシミュレーションではない」という意見と、
「シミュレーションにおいて非現実は必然で、目的に応じた結果を得るための非現
実はシミュレーションは許容する」という意見の対立だといえると思います。

261 :NPCさん:2001/08/09(木) 02:22
上記のような点をふまえて、議論の焦点をまとめると以下のようになると思います。

提起された定義:
「ウォーゲームはゲームの手法を用いて疑似現実を体験する道具であり、
訓練、研究、遊技などの目的に使用できる」

提起された定義に対する批判:
1:ウォーゲームは疑似現実を体験する道具(シミュレーション)ではない
2:ウォーゲームは道具ではない
3:1、2によって、ウォーゲームはゲーム以外のものではない

そして1の批判に関して
A:「シミュレーションと非現実」、
2の避難に関して
B:「プロ棋士と軍人」
という論点が生じている、と私は解釈しています。

私は、上記Aに関しては、
「シミュレーションは模擬現実であり、必然的に非現実を含み、
それゆえ目的に応じた非現実をシミュレーションは許容する」
Bに関しては、
「プロ棋士は遊技を目的とし、軍人は手段とする。
故にウォーゲームは道具である」
と考えます。

よって、私の結論は「提起された定義」へと回帰します。

262 :NPCさん:2001/08/09(木) 02:25
>>217

やや論点ははずれますが、
改めて考えてみました。
映像は「疑似現実の創造行為」という点においては、
シミュレーションといえるのではないかと思います。
この点については「本」も同様に思います。

263 ::2001/08/09(木) 03:07
議論がややこしくなってて、
よく理解できなかった部分もあるのですが、

>>176
ウォーゲーム=「ゲームの方法を用いたシミュレーションの道具」
ウォー・ゲーム=「戦争を題材にした競技、遊技」

の両者を区別して考えている176さんと、

ウォーゲーム=ウォー・ゲーム=「戦争を題材にした競技、遊技」

と考えている多くの方(私も含まれるかな)とで
意見が分かれている構図

というところでしょうか。

264 ::2001/08/09(木) 03:16
(263の続き)

「・」のあるなしによって違った意義づけをすることで、
この語を理解しやすくなる部分はあるようにも思うのですが、
いかんせん、しゃべり言葉では「・」の有無を表現しづらいため、
プレーヤー間で意思疎通がうまくいかなくなる点が
将来デメリットとしてでてきそうです。

一連の議論を辿ってみて、
「・なしウォーゲーム」の語がKriegspielを語源とした一単語であるとされる
176さんのご指摘が正しく、
また、ダニガン氏も、この意味で「ウォーゲーム」の語を
用いているのかもしれないとも思い始めたのですが、
この語が日本に導入された当時から今日に至るまで、
多くの日本のウォーゲーマーは、「ウォー・ゲーム」として
この語を理解してきたのではないかと感じます。
この点については、いかがでしょうか。

265 :NPCさん:2001/08/09(木) 08:25
>>264

そうですね。
日本におけるウォーゲームの導入が、その語源を曖昧な、あるいは狭い意味の
ものにしているように、私も思います。

当初の私の主張は、その点を、ウォーゲームがそもそも何を意味する「語」
だったのかを指摘する試みでした。

そして「ゲーム派」vs「シミュレーション派」という我が国のウォーゲーム界
で行われてきた議論が不毛であると指摘することでした。

つまり「ウォーゲーム」が日本では「ウォー・ゲーム」であることが、
問題の理解を防げてきたのではないか、と考えているわけです。

そういう意味では、卓さんのおっしゃるとおりだと思います。

266 :NPCさん:2001/08/09(木) 08:29
(265補足)

「日本では」と申し上げましたが、アメリカでもこれは同様であるように
思います。パーラが「ウォー・ゲームをウォーゲームに」と書き、
ダニガンが「シミュレーションと呼びたい」といったのは、
wargameが、こうした誤解を生じる「訳語」だったということでは
ないでしょうか。

私は上記の問題が、日本においてこれまで、
ほとんど取りざたされなかったことに疑問を感じていた次第です。

267 :243:2001/08/09(木) 11:42
>>244
>疑義は簡単に言うと
>ウォーゲームはゲームでないのか?ということです。

一般化できるような結論は得られないというのが僕の意見です。
「ウォーゲームはゲームではない」という定義に基づいた議論も
可能だし、「ウォーゲームもゲームの一種である」という定義に
基づいた議論も可能です。「ゲームとは〜というものであるとす
れば、ウォーゲームはゲームではない」とかその逆の主張も可能
です。

>私はゲームとしているので、それをゲームでないとするのは不適切な定義
>ではないかと議論をしているわけです。

その態度はいかがなものでしょうか。「ウォーゲームはゲームではない」と
いう立場を否定するためには、ゲームとはなんぞや?という定義を確定しな
いといけません。万人があらゆる文脈で納得できるようなゲームの定義はけっ
して得られないでしょうから、「ウォーゲームはゲームではない」という仮
定は否定できないでしょう。

>それ以外にも例えば非現実的でもシミュレーションなのか?という疑義も
>あります。

これもまたシミュレーションという用語の厳密かつ普遍的な定義はありえ
ない以上、そのような疑義自体が不毛だと思えます。あるのは、せいぜい
のところ、説得力のあるシミュレーションと説得力のないシミュレーショ
ンとがあり、現実性に欠けるシミュレーションは説得力を持ちにくいとい
う話じゃないでしょうか。

# ゲームとゲームでないものの境界や、シミュレーションとそうでないも
# の境界を厳密に定義することは不可能だということです。
# もっとも境界があいまいであることがしばしば問題になるというのも確
# かです。
# 多少数学や哲学を学べば、厳密さを必要とする議論の前提条件を学べる
# でしょう。ここで行われている一連の議論に「厳密さ」を期待すること
# は無理というものです。「だいたい納得できる」結論が得られれば、そ
# れでよしとすべきではありませんか?

268 :134:2001/08/09(木) 19:47
ハナザー、レスしてくれてサンキュウ。
ハナザーの学歴が知りたいのは、ハナザーがどんな人を
高学歴と呼ぶのかはっきり知りたいからなんだ。
中卒の人は高卒の人を高学歴と思うかも知れないし、東大卒の人が
いう高学歴と、三流私立大卒の人が言う高学歴とは明らかに異なる
と思う。
以上をふまえると、ハナザーが問い掛けてきた「シミュレーションゲーマーには
高学歴の人が多い」という漠然とした発言が正しいのか、それとも思い込みなのかを
知るには、まずハナザー自身の学歴を知らなければ答えが出ないという結論に達した
という訳さ。
わかった?ハナザー

269 :ハナザー:2001/08/09(木) 23:39
俺は旧帝大の院卒だ。満足したか?

270 :NPCさん:2001/08/09(木) 23:49
↑本当のハナザーとは書式が違う。

271 :NPCさん:2001/08/10(金) 20:39
院はでてないでしょ。論理がめちゃめちゃだもの。

272 :NPCさん:2001/08/11(土) 00:03
ウォーゲームはゲームではないについてですが、定義者は何回か、
ゲームではないと断言しています。
従って、この点において理解ができないというわけです。
しかもゲームではないのかという問いかけに対して、ゲームではあると言い
またゲームではないといい、ゲームではないというのが結論のようですが
依然として不明です。
なおあるものがあるものであり、同時にあるものでいとするならば
定義は成立しないのではないでしょうか?
また矛盾も発生しないと思います。

言葉なので絶対的な証明はできないかと思いますが、であればそもそも
定義をすること自体が間違っているということにもなりかねません。
定義は困難ではあるかと思いますが、それでもひとつの試みとして意義が
あると考えます。

農家は遊んでいるのか?
プロ棋士他は遊んでいるか?
これも疑問です。

273 :NPCさん:2001/08/11(土) 00:12
院生の方がめちゃめちゃかも。人によるか。

274 :NPCさん:2001/08/11(土) 01:56
>>272

ウォーゲームという語の私なりの定義については、何度も説明させていただいており、
>>272における疑問点に関しても、私的な解釈はすでに述べたとおりです。
これ以上は繰り返しになってしまうので、下記を参照していただけると助かります。

>>61 >>130 >>155 >>176 >>208 >>209 >>214 >>236 >>240

また、上記に関して、以下にまとめていますので、ご参考までに。

>>258 >>259 >>261

275 ::2001/08/11(土) 02:11
「遊戯」=「遊び」とする274さん(>>214
「遊戯」≠「遊び」とする他の人
という構図なのかな

276 :NPCさん:2001/08/11(土) 02:48
>>274
における>>214>>218の誤りでした。
お詫びして訂正させていただきます。
申し訳ありませんでした。

>>275
上記のとおりです。誤解を招いて、
申し訳ありませんでした。

277 :NPCさん:2001/08/11(土) 02:56
>>272

どうも議論が平行線をたどっているようです。
確認させていただきたいのですが、

「定義者はウォーゲームはゲームでないと断言している」とおっしゃるのは、
なにを根拠にされているのでしょうか。また、私は、
「あるものがあるものであり、同時にあるものでない」と申し上げているつもりはありません。
              ・・

上記の点について、文章の断片ではなく、文脈的にそう申し上げたと
解釈できる点に関しては、私の文章が誤解を招いてしまったことを
お詫びします。よろしかったらご指摘いただきたいと思います。

以上、お読みいただいている方々には、
>>258以下と重複する内容になってしまったことを
お詫びいたします。

278 :NPCさん:2001/08/11(土) 12:27
疑問に思ったために何度か質問をしましたが
ゲームではないという断定がされています。
(少なくともこちらの質問の意図はゲームではないのか?という
疑問の提起であり、文脈上どうであるか等を尋ねているのでは
ありません。YESかNOかで答えられる単純な疑問文であり
それ以外のことを指しているのではありません。)
文脈上であるかどうかということは微妙になりますが
それも最終的には解釈次第ということにもなるでしょう。
具体例としては、163、218。
定義元である176でも、ゲームであるかどうかは判別できません。
定義をもとに他の発言もあわせて、ゲームではないと断定していると
判断しています。

279 :NPCさん:2001/08/11(土) 12:29
>>277
>「あるものがあるものであり、同時にあるものでない」と申し上げているつもりはありません。

では再度質問になりますが
「ウォーゲームはゲームではない」ということで良いのでしょうか?
あるいは「ウォーゲームはゲームである」でしょうか?

280 :ジェイガン:2001/08/11(土) 13:18
ゲームって名前付いているので十分ゲームですがそれが何か?

281 :NPCさん:2001/08/11(土) 14:14
同意。>>280

ゲームメーカーだって,同じ会社がカードゲームやファミリーゲームを
出してる。デザイナが一般ファミリーゲームを作ってる場合もある。
店でだって他のファミリーゲームと一緒に売られている。
これは同じ「ゲーム」の要素が入ってるからに他ならない。

つまり,物理的にはゲームで(ゲームとして作成され販売されている)
のだが,これをゲームでないというのは多分に精神論的な話だろう。

282 :ジェイガン:2001/08/11(土) 15:05
あっさりと同意されて多少面食らっていますがそれが何か?

283 :NPCさん:2001/08/11(土) 16:54
>>280=282
>それが何か?
その口癖。あなたハナザーさんのファンですか(苦笑)?

284 :ジェイガン:2001/08/11(土) 17:49
283は卓上ゲーム板以外の板を見てない無趣味人間のようですがそれが何か?

285 :NPCさん:2001/08/11(土) 18:02
すると卓上ゲームは趣味ではないのか。これは驚いた。
>>それが何か?
いえ別に(笑)。

286 :ジェイガン:2001/08/11(土) 18:21
卓上ゲームは趣味ではなく人生そのものですがそれが何か?

287 :NPCさん:2001/08/11(土) 18:27
なるほど。人生ゲームのファンだったのか。あれは深いですか(笑)?
>>それが何か?
いえ別に(笑)。

288 :ジェイガン:2001/08/11(土) 18:28
ときメモの人生ゲームはある意味ウォーゲームだが何か?

289 :NPCさん:2001/08/11(土) 19:42
人工無能みたいだ(藁

290 :NPCさん:2001/08/11(土) 20:00
>>279
断言しているように見えたとしても、文脈に依存して断言していただけかも
知れないよ。文脈に依存せず、常に「○○はゲームではない」という定義は
ありえないと思うが、どうか。彼が定義しているdomainとあなたの質問し
ているdomainが違う以上、質問と回答がチグハグになるのは当然さ。

# そして、悪いのは定義しているdomainからはみ出そうとするあなた。

do you understand?

291 :NPCさん:2001/08/11(土) 23:29
>>290
おまえもハナザー派か?論理が妙なところがな。

292 :恥垢機械:2001/08/12(日) 06:34
ジェイガン派だが何か?

293 :290:2001/08/12(日) 10:22
>>291
新しい質問をするんだったら、
その前に>>290に対する自分の見解を表明しては?

文脈に依存せず、常に「○○はゲームではない」という定義は
ありうるの? ありえないの?

294 :NPCさん:2001/08/12(日) 16:29
ジェイガン派とは何か?排除するのか?

295 :NPCさん:2001/08/12(日) 18:49
んふ

296 :NPCさん:2001/08/12(日) 18:50
自分のdomainが好きならそこでやってろ。出てくるんじゃねえ。

297 :NPCさん:2001/08/14(火) 01:33
>>278

ご指摘いただいている発言において、私は「ウォーゲームはゲームではない」
と、留保や前提なしには断言していません。もしそう解釈されたのでしたら、
それは誤解ですので、拙文をお詫びしたいと思います。

また、「ウォーゲームはゲームかどうか」という疑問は、私にとってはyesかno
で答えられるものではありませんので、もしそのような答えを求めておられる
としたら、私としては「回答不能」と申し上げるほかありません。

これまでの発言においても、上記の主張になんら変化はなく、
そのように申し上げてきたつもりです。

繰り返します。

ウォーゲームはゲームの手法を用いているという点ではゲームであり、
ゲームとして遊ぶことができ、ゲームとして販売されている製品もある
という点でゲームと呼ぶこともできるが、
もともと競技としてのゲームを目的として発明されたものを指す名称で
はなかったことと、
現在でもゲームとしてプレーされるためではないものが存在すること、
また、ウォーゲームの「目的」を「娯楽としてのプレー」以外に求める
ユーザーがいることから、

「ウォーゲームという用語は、ゲームとまったく同一の概念とはいえない」
          ・・      ・・・・・・ ・・
と私は考えます。

298 :NPCさん:2001/08/14(火) 11:45
>>297

>現在でもゲームとしてプレーされるためではないものが存在すること、

それは具体的に、どのようなモノのことですか?

299 :NPCさん:2001/08/14(火) 13:44
>>298
机上演習のためのウォーゲーム

300 :NPCさん:2001/08/14(火) 14:28
>>299

机上演習は、ウォーゲームとは言わないでしょう。
それとも軍隊では、市販されているゲームで、机上演習をしているのですか?

301 :NPCさん:2001/08/14(火) 15:46
>>300
言うんだよ。ウォーゲームハンドブックを読め。

302 :NPCさん:2001/08/14(火) 15:48
>>298
ツクダの航空母艦をゲームとして遊ぶ奴はいないだろう。
GDWのHarpoonもな。
WEGのSt.Loとか。

303 :NPCさん:2001/08/14(火) 17:09
>>301

>言うんだよ。ウォーゲームハンドブックを読め。
うちでは、そんな風には呼びませんけどね

304 :NPCさん:2001/08/14(火) 17:18
>>299

机上演習(および図上演習)、あるいは兵棋という言葉は、
旧軍がドイツから輸入したkriegspielにつけた翻訳名称であり、
wargameはkriegspielの英訳ですから、
ウォーゲームと机上演習は語源が同じであり、
同じものを指しているといっていいと思います。
現在でも机上(図上)演習に相当するシステムを
英語ではwargameと呼んでいます。
つまりウォーゲームは「市販のホビー用品」と
「軍隊の演習用具」の両方を含む語なのです。

パーラ氏は自信の著作でこうした兵棋については、
「プロのウォーゲーム」と呼んで市販のホビー用と区別しています。

以上、ご参考までに。

305 :NPCさん:2001/08/15(水) 23:34
>>297

大筋において了解しましたが、なぜゲームと呼ぶことができないのか
今もって不明です。
(私の理解力が不足しているのかもしれません。)

ここで質問ですが、297の論理でいけば、「ウォーゲームはゲームではない」と
断定することはできないと思うのでしょうが、どうでしょう?
なぜならば
>ウォーゲームはゲームの手法を用いているという点ではゲームであり、
>ゲームとして遊ぶことができ、ゲームとして販売されている製品もある
>という点でゲームと呼こともできるが、
としているので、この点で一部であるにせよ、ゲームであると認めている
からです。
「ゲームではない」のならば、この引用部分が矛盾すると思います。

そして、定義者のゲームという語の定義範囲が狭すぎるのではないかと思います。
これは以前にも指摘し、ゲームの定義範囲が拡大したのではなかったかと
思います。

極端に言えば、戦争をゲームと呼ぶことも可能でしょうから。

それとも、ゲームは「娯楽としてのプレー」を目的としなければならない
という定義(必須条件)でしょうか?

306 :NPCさん:2001/08/16(木) 00:15
>>305
あのさ、ゲームって概念は非常に広いんだよね。
対立する競技者がいる競技はなんでもゲームと呼びうるわけ。
だからウォーゲームがゲームを内包しうるけど、
ゲーム的な要件(たとえば娯楽の対象たりうる)を
ウォーゲームがふまえてているわけでも必ずしもないわけよ。

もしウォーゲームとゲームという用語が完全にイコールで
あればウォーゲームという用語は不要でしょ。

でもって、ウォーゲームがゲームの部分集合かというと、
そうとは「言い切れない」部分があるので、それでウォー
ゲームをゲームの一ジャンルとは言い切れないわけです
よ。

307 :NPCさん:2001/08/16(木) 00:26
>>306
>だからウォーゲームがゲームを内包しうるけど、

言い回しおかしいぞよ。
内包できるんなら『ゲームはウォーゲームの部分集合』が成立しちまうじゃないか。

308 :NPCさん:2001/08/16(木) 00:28
>>305
前段において、意味不明。矛盾していると思われる。

後段においては、ウォーゲームゲームではないとの主張ですか?
あるいは何をもってゲームと呼ぶかということですが。

309 :ハナザー ◆PmELbKMU:2001/08/16(木) 11:21
>>195

> 個々の稚拙は滅ぼせても、稚拙そのものをこの世から葬り去ることはできないってことだな。

 それはその通り。

 だがだからと言って何もしないでいれば、いつまでも変わらない。このスレによっても少なくとも何人かは、ウォーゲームとシミュレーションゲーム(あるいはウォーゲームとウォー・ゲーム)について、考察したと言う効用(?)があったわけだし。

>>234

> おまえが定義できないから、同じ質問をしているんじゃないか。

 既に定義済み。読めなければ仕方無し。

>>263 卓さん

> ウォーゲーム=「ゲームの方法を用いたシミュレーションの道具」
> ウォー・ゲーム=「戦争を題材にした競技、遊技」
>
> の両者を区別して考えている176さんと、
>
> ウォーゲーム=ウォー・ゲーム=「戦争を題材にした競技、遊技」
>
> と考えている多くの方(私も含まれるかな)とで意見が分かれている構図
>
> というところでしょうか。

 そう思います。そして私としては「ウォーゲームをより正確に表すシミュレーションゲームという言葉を使おう」と言っているのです。

>>268 134さん

> わかった?ハナザー

 わからん。

 「私がどのようなものを高学歴と考えるか」は「私がどのようなものを高学歴と考えるか」と質問すれば良いのであって、「私の学歴」を質問する必要はない。私としては「大卒」を基準として学歴を考えればよいと思う。

>>270

> ↑本当のハナザーとは書式が違う。

 確かにそうだけど、あれだけでよくわかるねえ(笑)。

310 :ハナザー ◆PmELbKMU:2001/08/16(木) 12:22
 いわゆる「ウォーゲーム」を最も正確に近く呼ぼうとするならば

(メディアとしてそれを使っているならば)「ボード」
(完全に娯楽目的ならば)「エンターテインメント」
(歴史上の題材ならば)「ヒストリカル」
(軍事的対決、いわゆる「ウォー」を扱っているならば)「ミリタリーコンフリクト」
「シミュレーション」
(日本語では「知略」が最も近いであろうか)「ストラテジー」
「ゲーム」

となると思います。

 このうち「メディア(媒体)」であるボードについては「カード」であったりあるいは通信対戦モジュールのようにコンピュータ併用だったりするわけですから、本質ではないと呼べるでしょう。
「エンターテインメント」についても「必ずしもそのように使われるわけではない」事から、それが本質とは言えません。
「テーマ」である「ヒストリカル」「ミリタリーコンフリクト」についても「これ以外のテーマの作品がある」事から、本質的要素ではないと見なせます。
「ストラテジー」については要件であると見なせますが他にもストラテジー要素を持つゲームは多数ありますから、これが作品群を象徴する言葉というわけではないでしょう。

 そして残るのが、「シミュレーション」「ゲーム」というわけです。

311 :ハナザー ◆PmELbKMU:2001/08/16(木) 12:23
>>306

> だからウォーゲームがゲームを内包しうるけど、ゲーム的な要件(たとえば娯楽の対象たりうる)をウォーゲームがふまえてているわけでも必ずしもないわけよ。

 この部分がおかしいと思われ。

 あなた自身が言うように

> 対立する競技者がいる競技はなんでもゲームと呼びうるわけ。

なのだとしたら、別に「娯楽の対象たりうる=ゲーム的な要件」である必要はないわけでしょう(正確には「プレイヤーは協力してシステムと対決する」と言った形もありうるので、私の「ルールに従ったプレイ」と定義すべきだと思うが)。

312 :NPCさん:2001/08/17(金) 20:20
>>311
ゲームと呼びうるものであっても、それをゲームと「呼びたくない」人はいるし、
文脈によっては、それをゲームと「呼ぶべきではない」場合もあるでしょう。

たとえば「正々堂々とルールにのっとってプレイしなければ、それはゲームと
は呼べない」という議論をしたい場合に、明示的なルールのないゲーム(たと
えば、戦争ごっこなど)をその範囲に含めてほしくない場合はあるでしょう。

だから、発言者がどのような文脈でそれを語ろうとしているか尊重しないと、
議論はすぐに拡散してしまう。あらゆる文脈で有効な定義が得られると期待
しているのだとすれば、それはそれでスゲーと思いますが、その期待感を根
拠に他人の主張・議論を壊すのはどうかと思いますね。

313 ::2001/08/18(土) 01:56
私は、>>312さんのご意見に賛同します。
なんだかこれまで自分でうまく表現できなかったことが、
とても適切にまとめられているように思います。
自分の考えや姿勢を、他のひとに押し付けたり強制したりすることは、
不毛な結果を導くだけだと思います。

例えばある方と議論をしたいと思っても、
その方は(ちょうどその瞬間には気分がのらず)議論する事に興味がない場合もあります。
たとえ、その方が、日頃深く考察をしていたとしてもです。

時や場所を考えずにいつでも議論を吹っかけるような姿勢については、
どう思われますでしょうか>ハナザー様

(これまで、様々なところで読んできたハナザーさんの過去ログを総覧しての感想です)

314 :ハナザー ◆PmELbKMU:2001/08/18(土) 16:37
>>312

> だから、発言者がどのような文脈でそれを語ろうとしているか尊重しないと、議論はすぐに拡散してしまう。

 それはそれで良いと思う。

 ただ問題は >>306 は「その同一文中で齟齬をきたしている」ように見えるから、私はツッコんだんだが?

315 :NPCさん:2001/08/18(土) 16:55
>>311
これは言いがかりだよね(意図的かどうかは知らないが).
「対立する競技者がいる競技はなんでもゲームと呼びうる」
は 306 氏のゲームの定義,「ゲーム的要件」は 306 氏が
レスをつけている 305 氏による定義を踏まえた表現なのでは?

316 :ハナザー ◆PmELbKMU:2001/08/18(土) 17:12
>>313 卓さん

> (これまで、様々なところで読んできたハナザーさんの過去ログを総覧しての感想です)

 むう、ですがニフティの発言は読んでおられないようですね。

> 時や場所を考えずにいつでも議論を吹っかけるような姿勢については、どう思われますでしょうか>ハナザー様

 これは既にシミュレーションゲーマー(あるいはウォーゲーマー)の皆さんに限った事ではないと思いますが、私の見る限りシミュレーションゲーマーの方々は最近入られた方が多いのか特にオープンコミュニティ
(言い換えれば、「誰かから突然訴訟を吹っかけられるかもしれない社会)なインターネットに関する概念が確立されて無いように思いますので、ニフティでも述べたことの繰り返しになりますが私の考えを述べておきます。

> 例えばある方と議論をしたいと思っても、その方は(ちょうどその瞬間には気分がのらず)議論する事に興味がない場合もあります。

 そのとおり。ですが「《誰が見ているのかわからないのだから》、議論を吹っかけられる事も覚悟しておかなくてはならない」でしょう。

317 :ハナザー ◆PmELbKMU:2001/08/18(土) 17:16
 例えば議論とは違いますが、以下のような事例があります(もっとも内容のうちウヨサヨ論については賛成でないので、私が参考にしたのは事実関係についてだけですが)。

http://yokohama.cool.ne.jp/sepadenial/txt1041.html

 この話題で問題とされてる掲示板(ネオシティ)の管理者は、「クレームがあったから《深く考えずに》削除した」のでしょう。
しかし「誰が見ているかわからない(オープンコミュニティ)」なインターネットではそれを良しとしない人も当然存在しうるわけで、実際そういう人からのクレームによりネオシティは閉鎖せざるをえませんでした。

 日本では文化的にオープンコミュニティに対する『慣れ』がなく、またインターネットが《手軽に》できるようになった事から、こういう点に対する「自覚」がないのも無理ありません。
そしてそのような文化(オープンコミュニティ)が良い・悪いというのではなくインターネットというのは機能的にそういうものであり、また誕生背景・理念もそういうものではないでしょうか?

# なにより2ちゃんねる自身が、それを示しているのでは(藁

 私としては「そういうのがイヤ」な人はそれに対応したルール・システムを作れば良いだけ(見なくするというのもテですし、パスワードが必要なクローズド形式にしたり発言を事前登録式にしたりというのも方法でしょう)だと思いますし、
もし「そういう覚悟が無く、耐えられない」という人は「(より)傷ついたりする前にオープンなインターネットから去るほうが、その人自身のため」だと思います。

# ところでこの話、少なくともシミュレーションゲームに関する範囲内の意見交換で私が意見を変えるとは思えないのだけど進めるの?>卓さん

318 :NPCさん:2001/08/18(土) 17:29
(ああ、やっとここに合う書式が分かったのか……まあ目出度いわな)

319 :ハナザー ◆PmELbKMU:2001/08/18(土) 18:50
>>315

> これは言いがかりだよね

 そうは思わないが(笑)。

> 「対立する競技者がいる競技はなんでもゲームと呼びうる」は 306 氏のゲームの定義,

 これには同意。

> 「ゲーム的要件」は 306 氏がレスをつけている 305 氏による定義を踏まえた表現なのでは?

 ここが問題。

 >>305 では

> それとも、ゲームは「娯楽としてのプレー」を目的としなければならないという定義(必須条件)でしょうか?

と「ゲームは「娯楽としてのプレー」を目的としなければならない」という事を「定義」しているのではなく、「疑問を呈している」わけ。

 対して >>306

> ゲーム的な要件(たとえば娯楽の対象たりうる)

と「娯楽の対象たりうる」を「ゲーム的な要件」だと言っているわけだ。ところが 306 自身が「対立する競技者がいる競技はなんでもゲームと呼びうる」と言ってんだから「娯楽の対象たりうる」が「ゲーム的要件なのか否か」、ワケわかんないんだよ。

320 :NPCさん:2001/08/18(土) 18:53
俺はインターネットでの議論に対する姿勢というものをよくわかってない筆頭だと思いますね。>ハナザー
インターネット商用解放以前から関わってた者としての感想です。
フレームを起こす可能性のある発言をわざとすることを「議論活性化のため」と称して
正当化するあたりとかね。

321 :NPCさん:2001/08/18(土) 19:12
>>320
320氏をはじめここにいる方は古強者が多そうなので蛇足でしょうが、
パソコン通信の名誉の為に言っておくと、Nifty等のパソコン通信に
おいても、正当化される訳ではありません。

>フレームを起こす可能性のある発言をわざとすることを「議論活性化のため」と称して
>正当化するあたりとかね。

あちらはIDと発言タイトル、コメントツリーによって、議論の流れと
分岐が簡単に明確に出来るシステムだったので、問題にならなかった
だけです。

322 :ハナザー ◆PmELbKMU:2001/08/18(土) 21:07
 おおっ、良い人から予想範囲の反応が(笑)。

 それにしても私がわざわざ >>317 で「ところでこの話、少なくともシミュレーションゲームに関する範囲内の意見交換で私が意見を変えるとは思えないのだけど進めるの?」って言ってんのにコメントを返したってコトは、「ここでやろうぜ」ってコトなんですカネ?(藁

 それでは質問、「インターネット商用解放以前」には

1.「私のような人」は「存在しなかった」のか?
2.「私のような人が存在した」のなら、「どのように対処していた」のか?

 とりあえず回答は、10日ほど待ちます。もし10日では不都合なようでしたら、その旨お申し出ください。
また「逃げ」られても結構ですが、その場合「私がますます自己の論の正当性に確信を持つ(あるいは多数派の人にとっては、おそらく「ますますウザくなる(笑)」)」のに荷担しただけという事になりますでしょうなあ(笑)。

323 :320:2001/08/18(土) 21:33
>1.「私のような人」は「存在しなかった」のか?

いたけど、たしなめられてたね。けしてそれが標準であったわけではなく
迷惑な存在だった。だいたいウイルス作ったり不正侵入するクラッカー
は昔から居た。しかし居たからといって、それが当然のように
まかりとうるかというのは別問題だからそこのことろ勘違いしないように
宜しく。

>2.「私のような人が存在した」のなら、「どのように対処していた」のか?

さんざんモラルを説明したり、啓蒙活動をしてネットにおける態度を
勘違いしないように努めた。

何か勘違いしているようだが、君が言う「私のような人」は確率的には
存在するし,有る程度しかたない。しかし、その「私のような人」の
とる態度がネットにおける標準として許されるかは別問題なのだよ。
殺人を犯した人が世の中にいるからと言って,殺人行為が世の中の
標準的行為とは言えまい?

また、私の指摘の要点は、君がインターネットにおいてモラルを持ち出すのは
ネット初心者だというような論調は、間違っているということ。

ところで、本当にフレームを起こすような発言を議論活性化のためなら
してもよい、と思ってるのかな? 返答は10日以内でよいですよ。
不都合なようでしたら、その旨お申し出ください。

324 :NPCさん:2001/08/19(日) 01:24
> そのとおり。ですが「《誰が見ているのかわからないのだから》、
>議論を吹っかけられる事も覚悟しておかなくてはならない」でしょう。

対応する義務はないはずだが…

325 :306:2001/08/19(日) 09:16
306だけど、たしかにちょっと文章がヘンだった。すまん。
こんな感じでどうかな。

あのさ、ゲームって概念は非常に広いんだよね。
対立する競技者がいる競技はなんでもゲームと呼びうるわけ。
だからウォーゲームはゲームと呼べるけど、
特定の人がゲームに期待している要件(たとえば娯楽の対象たりうる)を
ウォーゲームがふまえてているわけでも必ずしもないわけよ。

もしウォーゲームとゲームという用語が完全にイコールで
あればウォーゲームという用語は不要でしょ。

でもって、ウォーゲームがゲームの部分集合かというと、
そうとは「言い切れない」部分があるので、それでウォー
ゲームをゲームの一ジャンルとは言い切れないわけです
よ。

326 :NPCさん:2001/08/23(木) 23:24
>>325

絶対的真理があるかというとそれはなかなかないでしょうね。
でも、だいたいのところで分類はするでしょ?
「言い切れない」部分があるからということであれば
ほとんどゲームとは呼べなくなるのじゃあ?

で、そのあたりについて議論をしているのがここなわけよ。

327 :NPCさん:2001/08/23(木) 23:51
フレームが好きなら、排除板でもとことんやろう!
それから定義も辞書じゃなくて、がんがんやったらどう?
独善理論だから、それはやらないか?>ハナザー

328 :325:2001/08/25(土) 13:04
>>326
おいらの意見は、
「ウォーゲームがゲームだとみなせるかどうかは文脈に依存する」
であって、たとえば、
「机上演習のことを無視してウォーゲームのことは語れない」
という文脈において「ウォーゲームは、いわゆるゲーム(遊戯)
とはみなせない」という言い回しはありでしょう? でも、
「机上演習などのことをあえて無視して市販のウォーゲーム
ならびに国内のゲームホビイストが遊んできたウォーゲーム
に議論を限定すれば、ウォーゲームはシミュレーション性の
高い低いはあっても、だいたいにおいてゲームの一種である
と言ってしまってかまわないと思う」
という言い回しを否定することはできないでしょ。

今回の議論は、もっぱら相手がどのような文脈で話しているの
かを「無視」して、ウォーゲームはゲームなのか、ゲームでは
ないのか、という決定を行おうとしたことに起因したものじゃ
ないのかな、という分析なんですが。

329 :ハナザー ◆PmELbKMU :2001/08/25(土) 15:51
>>324

> 対応する義務はないはずだが…

 だから「そのとおり」だって。場のルールによって対応が義務付けられているのではない限り、無視したってかまわない。それだって「無視できる強い精神」という事なんじゃない?

>>325 306 さん

 それなら論旨が一貫しているし、今まで言いたかった事もわかるような気がします。

 つまり 306 さんは

『《自身》としては言葉の定義としては、ウォーゲームはゲームである』と言えるんだけど、
『《世間の多数派》はゲームと言う言葉に娯楽性などの要素を必須として見出しており、その点ではウォーゲームはゲームとは言い切れない』と言っているのかな?

 上記の解釈が間違ってないとすると、私としては「世間の多数派」の方が20年前「汚名返上と言ってた人達」だと思うけどね。
当時は「汚名返上」の方が数では多数派だったような気がするけど、間違っていたわけでしょう。もちろんその間違いが覆せないほど多数派になってしまう事もあるけど、ゲームに関しては私はまだそうだとは思わないし。

>>326

> 不都合なようでしたら、その旨お申し出ください。

 私もとっても書きたく今日書くつもりだったのだが、鮮度が重視されるネタを処理しなきゃならなくなったので申し訳ないが来週。

>>327

> フレームが好きなら、排除板でもとことんやろう!

 ?

 私は「議論活性化の《手段》として挑発をする」と言った事はあるが、「フレームが《好き》」とは言った覚えが無いが?

> それから定義も辞書じゃなくて、がんがんやったらどう?

 なんで?

 私は「シミュレーションゲームに関する議論をする上で必要」だから《定義をする》のであって、世の中全てのものを定義する必要も感じないし不可能だと思うが?
もう繰り返しに陥っているので、これ以上『定義をしろ』というなら、まずこの点に答えてもらわない限り今後無視いたします。

330 :325:2001/08/25(土) 16:38
>>329
what is a game?
という問いに対して、その後の議論を確かなものとするために
ある種の定義を与えることはできる。でも、それはその議論に
おける定義なのであって、あらゆる議論に通用するようなgame
の定義はほとんど不可能であるように思えます。

実際問題として、僕はゲーム理論で扱えないような構造をゲー
ムと呼ぶことに関心はないんだけど、gameという言葉をje、
すなわち遊戯に対応する言葉だと考えたい人もいるみたい。

カイヨワの定義によるところのアゴー(競争)やアレア(運)
の遊びをこそ、僕はゲームとして取り扱いたい。でも、ミミ
クリ(模倣)やイリンクス(眩暈)もゲームの中に含みたい
という人もいるわけ。

ミミクリやイリンクスを目的としてシミュレーションゲーム
をプレイすることが不可能ではないだけに、ちょっと始末に
悪い感じがしている。だから、どのような議論をしたいかに
よって、ゲームという用語の定義は独立させざるを得ないと
考えているのです。

# うまく書けなくてすまん。

331 :NPCさん:2001/08/25(土) 21:25
>>329

>私は「議論活性化の《手段》として挑発をする」と言った事はあるが、「フレームが《好き》」とは言った覚えが無いが?

挑発を含む発言自体が、他人にとってはフレーム発言なんだけどなぁ。
挑発された人間にとっちゃ議論活性化のためなんてお題目は関係ないのさ。
不快なんだよ。そういうの。

332 :NPCさん:2001/08/26(日) 00:18
>>331
そそ。挑発しなくても実のある発言をすれば議論は活性化するからね。
フレームになると発言量は増えるけど、中身は不毛でしょう?
このスレができてからも、ウォーゲームハンドブックのオンライン版が
発見されてからの展開は実があったけど、それは挑発に依存していない
でしょ。ダニガンの実績があればこそ、じゃないの。

333 :ハナザー ◆PmELbKMU :2001/08/26(日) 01:27
>>331

> 挑発を含む発言自体が、他人にとってはフレーム発言なんだけどなぁ。

 そのとおりであろう。だがそれが私が「フレームが好き」かどうかとは、全く関係が無い。

> 挑発された人間にとっちゃ議論活性化のためなんてお題目は関係ないのさ。

 そのとおり。

> 不快なんだよ。そういうの。

 それが何か?

>>332

> そそ。挑発しなくても実のある発言をすれば議論は活性化するからね。

 そうは思わない。ニフティ時代にもKさんやSさんなどの優れた発言があったにもかかわらず、それらは見過ごされてきたではないか。

334 :NPCさん:2001/08/26(日) 02:53
ニフテーのこと言われてもわかんないんだけどなぁ。じゃぁ、インターネットの掲示板ではどうよ?

335 :NPCさん:2001/08/26(日) 03:54
>>333
>そうは思わない。ニフティ時代にもKさんやSさんなどの優れた発言があったにもかかわらず、それらは見過ごされてきたではないか。

それってひょっとしたら優れた発言故にそれ以上コメントつけられないというケース
じゃないですか? 内容説得力のある完璧なものなら、それでもう結論が
出てることになるしねぇ。
反応が無いのがいけないのかな? 「うん。そう思います」といちいち
書かないといけないわけでもないでしょ?

あと、自分ごときが経験豊かな方々に己のつたない意見を言うまでもないだろう
ということもありますねぇ。レベルが高くて話しについていけない場合とか
マイナーな作品を例に出されても「やったことないからわかりましぇーん」と
なる場合もあるし。

そんなときにいちいち挑発されても対応不能なんで念のため申し上げておきます。

#挑発に乗るときは、「あ。こいつ俺と同じレベルだな」と思うときだけですね。

336 :NPCさん:01/08/26 09:49
ハナザー氏、挑発がフレームを招くという判断は出来ないのか?
それとも分かってて論点をずらしてるのかなあ。

337 :NPCさん:01/08/26 18:01
ちょ〜っとまってくれ->>333

じゃあ、K氏やS氏の発言が見過ごされたら君が出てきて挑発したり始めるよって
ことか? もしそんなことされたら、K氏やS氏の発言にはかかわりたくないって思っちゃうぞ。
まさかそんなことはやらんよな?

338 :NPCさん:01/08/27 21:26 ID:LX5jR496
定義について。
全てを定義しろとは言っていない。
議論上に重要と思われるものに関してだ。>ハナザー

339 :NPCさん:01/08/27 21:32 ID:LX5jR496
ある語について完璧な定義を常に与えられるとは思わない。
しかし文脈上だけでのみ定義が有効であるとすれば、辞書はありえないと
思うがどうか?

340 :定義はない?:01/08/27 21:53 ID:LX5jR496
定義が文脈上でのみ有効だとすれば辞書はありえないと思うが
どうか?

341 :NPCさん:01/08/27 22:38 ID:NY74Vz1Y
ウォーゲーム大好きなんだがむずい…。

342 :NPCさん:01/08/28 09:46 ID:QjtW3BHA
ウォーゲームがゲームでないのならば、ウォーゲームと呼ぶべきでは
ない。ゲーム以外の呼称をつけたらどうか?

343 :NPCさん:01/08/28 12:22 ID:7t9vntKk
>>342
「ウォーゲームがゲームでない」と判断できる根拠は?
ウォーゲームがゲームであるかどうかが文脈に依存する以上、
無前提に決定できないと思うが。

# 文脈に依存しない定義を見出したのかな?

344 :NPCさん:01/08/28 12:27 ID:7t9vntKk
>>340
辞書を議論の根拠に持ち出しても紛糾することって多いでしょ?
要するに、辞書的な定義が議論において必要十分な厳密さや権威を
持っているわけではないってことよ。不完全性定理って知ってる?

345 :NPCさん:01/08/28 14:53 ID:7t9vntKk
>>342
ついでに言うと、それはダニガンがやった。
conflict simulationという呼称を使ってたよ。
でも、大事なのは本質で、呼称は問題ではないんだけどな。

346 :NPCさん:01/08/28 23:38 ID:PCMQO0KY
>>343

根拠については、ここでは説いていない。
あくまでも仮定した場合に。

ゲームではないと主張している人に聞いてくれ。

347 :NPCさん:01/08/28 23:42 ID:PCMQO0KY
>>344

紛糾するか否かについて述べているのではないが?

辞書に権威がないとすれば、一般人の発言の権威などないと思うが。
それとも一般人の定義は権威アリと主張?

不完全性定理は知らない。

348 :NPCさん:01/08/28 23:45 ID:PCMQO0KY
>>345

定義や呼称についてここで述べているのだが?
無関心ならば首を突っ込むのをやめたらどうか?

349 :NPCさん:01/08/28 23:49 ID:PCMQO0KY
>>345

じゃあゲームじゃないんだな?

350 :NPCさん:01/08/29 00:48 ID:8Ctu5OMI
>>でも、大事なのは本質で、呼称は問題ではないんだけどな。

より有意義な議論とするために定義を詰めていたのだが。
(困難ではあるがな。それも承知でやっていたのだよ。)
あなたは定義不要論か?

では、本質に関する議論でも始めたらどうか?

351 :NPCさん:01/08/29 10:35 ID:RQOeq4aA
>>347
うーむ。わかりにくかったかな。
安直に辞書をひいて定義の根拠としようとしても、
(特定の)「議論において必要十分」な厳密さや権威が
得られることは期待しにくいと言っているのです。


たとえば広辞苑をひいたところで、不完全性定理の適用
範囲を厳密に知ることはできないでしょ。厳密さが求め
られる議論では、その求めに応じてより詳しい定義が必
要になるわけですよ。

辞書ってのは、情報が網羅的に列挙されているところに
価値があるのであって、個別の項目の詳しさ、正確さ、
厳密さについては期待するべくもない。少なくとも、ゲー
ムについての理解は、広辞苑の筆者たちよりも、我々の
方が優っていると思うがね。

352 :NPCさん:01/08/29 10:45 ID:RQOeq4aA
>>349
ある対象がゲームとみなすことができるかどうかは視点・文脈に依存する、
というのが僕の主張です。

いや、そんなことはない、ある対象がゲームか否かは一意に決定する方法が
存在する、というなら「ゲームとは何か」という一般的かつ厳密な定義が必
要になります。(ここでいう一般的とは、いついかなる場合にも適用可能な、
という意味です。念のため。)

僕は厳密なルールシステムを持たないゲームには関心がありません。たとえ
ば「おままごと」は厳密なルールシステムを持ちませんが、遊びの一種では
あります。ゲームの一種に含めて考えたいという人や場合もあると思います
が、このように「ゲームと呼びうる」対象をすべてゲームに含めてしまうと、
結局その部分集合を厳密に定義してからでないとほとんどの議論は成立しな
くなってしまいます。事実そうじゃないですか?

353 :NPCさん:01/08/29 10:51 ID:RQOeq4aA
>>350
定義が不要だとはいっていません。むしろ、特定の議論のためには、
その前提となる定義が必要不可欠だと考えています。
ただ、特定の議論のためではない、一般的な用語としての「ゲーム」
の定義はけっして得られないであろうし、得られたとしても議論の
足しにはなるまいと主張しているのですが。

あなたは何を議論しようとして、どのような定義を得たいのですか?

SPIが作っていたものを、彼らの主張とは別物だったと証明したい
かのような雰囲気は感じますけど。

354 :NPCさん:01/08/29 16:53 ID:OQ619fdM
>>351

概ね、同意。
で、そのあたりをクリアにしようとして定義者が定義を試みていたのだが?
(つまり辞書以外の定義者による定義)
紛糾とは何の事か?

定義が可能としても一般の用語とあまりにかけはなれた定義は不適切かと
思うがどうか?

355 :NPCさん:01/08/29 16:57 ID:OQ619fdM
>>353

なぜ足しにならないのだろう?
少なくと語や定義の基礎としては使えると思うが。
議論のときは辞書は無用で、それぞれが別の定義(意味)で
言葉を使えと言うことか?

356 :NPCさん:01/08/30 08:02 ID:OAGsngNw
>>354
ま、無理ですな。
「ゲームとはすなわち娯楽である
(娯楽として魅力に欠けるゲームはゲームとは呼べない)」
という見解と
「ゲームとはすなわち娯楽ではない
(娯楽として魅力があるかどうかとゲームであるかどうかは独立した概念である)」
という見解は完全に矛盾します。
しかし、どちらもそれぞれの立場でゲームという言葉を定義しようとしています。

両者を満足させる定義が可能ですか?

こういうことかな。文脈によって変化し得る部分は変化するパターンを列挙しつつ、
判断を保留するということかな。

357 :NPCさん:01/08/30 08:03 ID:OAGsngNw
>>355
その程度の効能ならば、辞書的な定義でも十分だね。

358 :NPCさん:01/08/30 12:07 ID:9Dx.Xb0g
>>356

定義については、慎重にすべき。
一面のみを捉えた定義であれば、矛盾して成立しない。

359 :NPCさん:01/08/30 12:09 ID:9Dx.Xb0g
>>357

辞書ですべての効能を目指しても無理であろう。
しかし基礎的な語の理解には役立つ。

あなたの定義は有意義で完全?

360 :NPCさん:01/08/30 14:04 ID:cfwN4rdg
>>359
了解。
個人的にはまったく期待していないけど、
それなりに有意義な定義が得られる可能性まで
否定することはすまい。

361 :NPCさん:01/08/30 23:54 ID:R1tUSZj6
さて、おいらはおいらなりに定義には拘泥せず、議論を
進めさせてもらおう。

シミュレーションゲームとウォーゲームの区別の話だけ
ど、ダニガンによるとSPIはウォーゲームではなくコン
フリクト・シミュレーションをリリースしていた。その
試みが成功していたかどうかはともかく、彼らの目指し
ていた方向としてはそうだった。しかし、なぜウォー
ゲームという呼称を嫌がったのだろうか。

推測の第一としては、それがゲームと思われてしまうの
を嫌ったというのがありそうだ。語源的にはウォーゲー
ムはクリークスシュピールの英訳だけど、そんなことを
知っている人ばかりではない。モノポリーや人生ゲーム
のようなものと想像されては困るという考えがあったの
かも知れない。

推測の第2はクリークスシュピールを越えたものを目指
していたかも知れないということだ。クリークスシュピー
ルは「歴史的興味」を喚起したりはしない。あくまでも
机上演習として、なんらかの目的をあらかじめもってい
る。そして、その目的は歴史を体験することではおそら
くない。

362 :NPCさん:01/08/31 00:07 ID:Q5xM/.kc
>>360

道は険しいな。ただ俺たち(正確には定義者)は、それを知りながら行くぜ。
まあ色々やるってことでいいんじゃないか。

363 :NPCさん:01/08/31 16:26 ID:li5igaeM
このスレでも、ちらほらと「日本では、ウォーゲーム/シミュレーションゲームは
娯楽として遊ばれており、だからゲームの一種だ」という意見があった。
ハナザー氏などの原理主義者(と、とりあえずラベリングしておく)がそれに不服
なのは、いくつかのウォーゲーム/シミュレーションゲームは、ダニガンが
ウォーゲームハンドブックで書いていたような意図・こころざし・目標を持って
デザインされており、かつ、原理主義者はそれらデザイナーを支持していたからだ。

デザイナーの意図には関心がなく、単に遊んで面白ければそれで良いという
人にとって、原理主義者のアジテーションはまことに煙たい。まるで自分が
程度の低いゲーマーであるかのように感じるからだ。原理主義者は、自分の
持っている主義主張に関心を集めるために、わざと過激な書き方をする。ジェ
ントルな方法では自己の勢力を拡大できないと知っているからだ。

つまるところ、一連の議論は彼らの主義主張の宣伝活動でしかない。いや、
断言してしまうには惜しい議論もないではないのだが、肝心の部分、つまり
シミュレーションをデザインしようとしたデザイナーのこころざしは、あい
かわらず光をあてられないままだという気がする。光があてられたのは、
原理主義者たちの活動だけだ。原理主義者の意図とも無関係に。

364 :NPCさん:01/09/01 21:06 ID:HHvNAhKc
>>363
同意。結局、原理主義者もそうでない人も楽しむために<=自分の興味を満たすために>
プレイするんだよな。実はそんなに大きな違いはないのにね。

ダニガン氏もコンフリクトシミュレーションハンドブックでなくてウォーゲームハンドブック
という書名になぜしたんだろうね。本人はそんなにこだわってなかったんと違うかな?

ウォーゲームハンドブックの中でZOCの有る場合の戦線の張り方を、ヘックスというゲーム独特
のメカニズムによってよい張り方とそうでない張り方を解説していた。これもそれほど
ゲームとコンフリクトシミュレーションの区別にそれほどこだわってなかったんじゃないかって考察
できる材料になる。

  該当部分は
http://books.iuniverse.com/viewbooks.asp?isbn=0595155464&page=55
  から57ページまでだな。要約すると

柾目方向に1ヘックスおきに張るのがベストで、柾目方向に垂直で張るのが最悪って話だ。
柾目方向に1ヘックスおきに張ると2カウンターでしか攻撃できない。一方、柾目方向に垂直で張る
と3カウンターで攻撃されるのでまずい。

ってわけでだ。でもね。柾目方向に1ヘックスおきに張る方が、柾目方向に垂直で張る
よりもカウンター間の距離が広いんだよ? シミュレーション的に考えてこんな馬鹿な話は
ない。もちろん、手軽にプレイするための方便として許容されうるだろうけど、
それは<楽しむためのゲームとして>扱われた場合だろ。本当の軍隊の机上演習は
ヘックスなんて使わないよ。娯楽として捉えているから手間を惜しんで現実と反する
現象を許容しているわけさ。

ダニガン氏も、そういった問題には言及せずに、シミュレーションの観点ではなくゲーム的
観点から戦線の張り方を解説しているわけだ。俺は心の底では、ダニガン氏も楽しむためのゲームとして
自分たちの作品を捉えてたんだと思うね。いわゆるファミリーゲームと区別し、より高尚で知的なゲームである
ということをアピールするためにコンフリクトシミュレーションという言葉を使ったんだろう。
それを、一部の原理主義者が形だけとらえてしまったんじゃないかな。はたから見てると
哀れな印象さえ受ける。

365 :364:01/09/01 21:14 ID:HHvNAhKc
「2カウンターでしか攻撃できない」「3カウンターで攻撃される」
は表現がまずかったな。スタックがあるからね。
「2ヘックスでしか攻撃できない」「3ヘックスで攻撃される」
に訂正。

366 :ハナザー ◆PmELbKMU :01/09/02 10:55 ID:UPAC0Ecg
>>323

 前回はコメント先を間違えた。スマソ。

> しかし、その「私のような人」のとる態度がネットにおける標準として許されるかは別問題なのだよ。
> 殺人を犯した人が世の中にいるからと言って,殺人行為が世の中の標準的行為とは言えまい?

 そう。だから殺人を犯した人は「法(ルール)に基づいて」裁かれるし、その実効性を確保するための「司法制度(システム)」もある。

 「許されるかどうか」だが以前私のことを「目的のためには手段を選ばない」と評した発言があったが、私はそうは思わない。ただ単に「挑発的表現は社会的に容認されている」と考えたから、使用しているだけである。

> ところで、本当にフレームを起こすような発言を議論活性化のためならしてもよい、と思ってるのかな?

 もちろん。

 「買ってはいけない」という本が話題になりましたが、これが「生活環境における化学物質の危険性について」という表題(こちらの方が「内容との整合性では正確」であろう)であったなら、あれほど話題になり
その結果生活環境における化学物質に対して考察されるようになったでしょうか?

 あるいは小林よしのリ氏の「ゴーマニズム宣言」は内容については私も必ずしも賛同できないのですが、小林よしのり氏自身が『その表現によって議論を巻き起こす』事を公言しており、それに成功しているように見えます。

 誤解があるようだが、私はフレームそのものは『ノイズを巻き起こし、有効な議論を阻害する可能性が高い』と考えており、好きではない。だが前述の例のとおり「議論を惹起するのに有効」だと考えており、『効果があるから使用している』に過ぎない。
《実際》

>>59 椅子さん

> ってハナザーの目的とやらは他の人に考えさせることらしいんで、なんかしゃくだな。

と言っているではないか。

> また、私の指摘の要点は、君がインターネットにおいてモラルを持ち出すのはネット初心者だというような論調は、間違っているということ。

 別に「モラルを持ち出す」のは、かまわない。だが「ルール」も「システム」もない以上それは保証されたものではなく、『ベテランならば、予めそれへの対応方法をもっていてしかるべき』だと思います。

367 :ハナザー ◆PmELbKMU :01/09/02 10:56 ID:UPAC0Ecg
>>338

> 議論上に重要と思われるものに関してだ。>ハナザー

 私は既に

シミュレーションゲーム=シミュレーションを目的としたゲーム
ゲーム=ルールに基づいたプレイ(競技)

という定義を、何度もしています。これ以上何が必要でしょうか?

368 :ハナザー ◆PmELbKMU :01/09/02 10:57 ID:UPAC0Ecg
>>70

> # 要するにハナザー氏の望んでいることが現実のものとなったと仮定しよう、ということ。

>>363

> 原理主義者の意図とも無関係に。

 私の望んでいるのは「真実と思われるものの探求」なのであり、「そのための議論」である。どの道「最良と思われたものから最悪の結果が起こる」事もあるし、逆の場合もある。「結果」については、私はいちいち考えていない。

369 :ハナザー ◆PmELbKMU :01/09/02 10:59 ID:UPAC0Ecg
 「かちゅ〜しゃ」って、意外と使いにくいなあ…。

>>364

> ダニガン氏もコンフリクトシミュレーションハンドブックでなくてウォーゲームハンドブックという書名になぜしたんだろうね。本人はそんなにこだわってなかったんと違うかな?

 あナタハこのスレッドすら、マともに読んでいなイのカ?

 わざわざ >>103

> We called them wargames, and let other call them wargames, an incorrect term for an activity that was incomprehensible enough as it was

と引用してくれている人がいるではないか?

> でもね。柾目方向に1ヘックスおきに張る方が、柾目方向に垂直で張るよりもカウンター間の距離が広いんだよ? シミュレーション的に考えてこんな馬鹿な話はない。

 そうとも言いきれない。「効率的な戦線の張り方を、象徴的に表している」と考える事も可能であろう。
例えばヘクスマップで現実にはヘクスの間に森などがある場合でも、どちらかのヘクスに置かれる。その場合「森のあるヘクスで戦線を張る」のは、「効果的な戦線を《象徴的には正しく》表している」と言えるのではないか。

 それに何度も述べているように「全てを完全にシミュレート」する事など不可能だし、必要もない。机上演習でさえも「現実と違う部分」など、いくらでもあるではないか。

> 娯楽として捉えているから手間を惜しんで現実と反する現象を許容しているわけさ。

というのなら、「演習として捉えているから予算を惜しんで現実と反する現象を許容しているわけさ。」と言えるのだし(藁

> 俺は心の底では、ダニガン氏も楽しむためのゲームとして自分たちの作品を捉えてたんだと思うね。

 《結果として》(思考ゲームとして)楽しむ事になぞ、何の問題もない。だが「Agincourt」などは『思考ゲームとして楽しむ』ために開発されたなどとは、とうてい言えないだろう。
そもそも『楽しむ』というが「思考ゲームとして楽しむ」以外に『ルールを持ったシミュレーション(=シミュレーションゲーム)として楽しむ』といった方法があり、《そう捉えていた》と言えるのではないか。

370 :NPCさん:01/09/02 13:02 ID:0mIQSYss
>「効率的な戦線の張り方を、象徴的に表している」と考える事も可能であろう。
不可能です。実際にマップ上に戦線の角度として表れてしまうからです。
この影響はマクロに表れているので、ミクロな部分に押し込める発想は無効です。

371 :NPCさん:01/09/02 13:05 ID:0mIQSYss
>> 娯楽として捉えているから手間を惜しんで現実と反する現象を許容しているわけさ。
>というのなら、「演習として捉えているから予算を惜しんで現実と反する現象を許容しているわけさ。」と言えるのだし(藁

ん?「予算を惜しんでいる」のはどこの軍隊ですか?
事実に基づいた観察と仮想をごっちゃにするのは良くないなあ。

372 :NPCさん:01/09/02 14:10 ID:pufAF8ME
「原理主義者」の目的は、戦争ゲームではないとすること、高尚に見せること(=俺たちは偉い)と
同時にバランスやシステムがおかしいものを売ることにあったと思う。
問題点については、シミュレーションだからと逃げるわけだ。
そしてシミュレーションになっていない部分も、全てを再現できないと
逃げるわけだ。そこが肝である場合もな。

373 :NPCさん:01/09/02 22:18 ID:FYKSNEwQ
>>372
ちょっとそれは乱暴だな。
現実問題として、SPIあたりのゲームはどれもさほど
売れたわけじゃなかったし、金儲けが主たる目的だっ
たとは思えない。いわゆるビッグゲームが値段の割に
変なものが少なくなかったのも事実だけど、信頼のお
けるレビューが充実していたこともあって、きちんと
調べてから買えば、だまされることもなかったと思う。
でもって、SPIの登場によってウォーゲームがシミュ
レーション的に飛躍したのは事実であって、それは軽
く検証しただけでもわかると思う。
372の人は、クソゲーでもつかまされてむかついた体
験でもあるのかも知れないけど、SPIは年間10作以
上ものペースで作品をリリースしていたんだよ。その
ことはちょっと調べればわかることで、バランスやシ
ステムがおかしい可能性なんか買い手はちゃんと理解
してたのさ。でもって、優れた作品は第2版が作られ
たりしたわけで、駄作をつかまされたくないなら、そ
ういうのだけ買えばいいわけ。SPIの作品を産業化さ
れたゲーム商品と同一視するのは、ホント、どうかと
思うよ。

374 :NPCさん:01/09/02 22:43 ID:dGirJHPE
SPIの話じゃないでしょ?>>373

375 :NPCさん:01/09/02 23:17 ID:7ZSNXHMo
>>373

SPI=「原理主義者」ではない。

なおダニガンの真意も別にあったのではないかと思うが、より検証が
必要であろう。

376 :373:01/09/03 22:04 ID:Ry7z.2WU
ふむ。だとすると、「原理主義者」はSPIにとってもいい迷惑ですな。

377 :NPCさん:01/09/05 16:07 ID:gpGTbqwI
SPIは,なんだかんだいってRPGもボードゲームも作ってるからねぇ.
これがどういうことかは,今,国際通信社がRPGを発売したらどういう印象を
我々が受けるかってのを想像するればわかる.
SPIの精神は,まず第1に精緻な知的ゲームを作ることにあったんじゃ
なかろうか.デザイナー達もゲームを作成するという知的ゲーム(つまりは
自己満足だなー)を楽しむのが第1だった.
結局,シミュレーションにしてもRPGにしても精緻であることが
アダルト層に受けたんだと思う.ゲームを乱発してバランスが崩れた
ゲームが多く出てしまったのは,単にデベロップする時間が無かったんだろう.
精緻なゲームほどデベロップには時間がかかるし,そうやってデベロップ
しても費用を回収できるほどの儲けが出ない.しかし市場は概してマニアックで
十分にデベロップされていなくても精緻で有ればそれなりに売れたりするからねぇ.
それで矢継ぎ早にデベロップ不足のゲームを作って出し作って出しの自転車操業に陥って
しまった,と.

378 :つづきだにょ:01/09/05 16:08 ID:gpGTbqwI
それを極度のマニアつまり原理主義者が「精緻で有ればシミュレーション」
と誤解してしまった部分はあると思うなー.これがゲームとシミュレーションを
切り離してしまった遠因じゃないかにょ.実際はSPIのスタッフも十分な時間さえ有れば
しっかりデベロップしてまずはゲームとして面白い物を作りたかったというのが真実ではないかなー.
VGとして働いた元SPIのスタッフ達のその後の仕事を見りゃこれは裏付けられると思う.
話は変わるけど,米軍って軍事的に有益だと思った研究や企業には結構簡単に
投資したりするんだけど,ウォーゲーム会社に投資したり潰れそうな
会社に支援したりって聞いたこと無いにょ.数年前の暗黒時代でもシミュゲー
の会社は潰れるに任せっきりだもんなー.SPIが潰れるときも,WWWが潰れるときも,
AHがハスブロに買収されてAHのシミュレーションゲームのラインが消えそうになっても,
我関せずだったモンね.アメリカ社会も何も言わないし.だいたい,軍関係者には
必携のツールだったら,本場アメリカで1個のゲームが多くて数千個しかうれなかったり,
シミュゲー会社があんなに簡単に潰れたりせんですよ.結局,ウォーゲームの発展時には
「これは役に立つかもしれない」と思ったかもしれないけれど,最終的には軍は趣味のゲーム
として考えてるんじゃないっすか.だいたいヒストリカルな楽しみとシミュレーション
という概念は本来全く関係ないもんなー.ヒストリカルな事象を再現するために
設計されたルールを含めたコンポーネントを読み解きながら,リソースの最良手を
知力を尽くして探っていく優れたゲーム,として考えた方がいいっすよ.

379 :NPCさん:01/09/06 00:29 ID:DKP49o9k
>>378

「精緻(詳細と言い換えたいですが)であればシミュレーション」というのが誤解だ、
という点については私も同意します。

ただ、米軍とウォーゲームの関係については誤解があるように思います。
米軍は現在でもウォーゲームを行っていますし、ウォーゲームを趣味のゲームとは
考えていないと思います。逆にいえばだからこそ民間の趣味のウォーゲームには
見向きもしないのでしょう。
ただ、ダニガン氏をはじめ、マーク・ハーマン、ランドール・リード、ジョン・ブラドスなど、
民間のウォーゲーム関係者が軍のウォーゲームに関するコンサルタントを行っている例が多くあることから、
彼らのアプローチはじゅうぶん評価されているのではないかと考えます。

もちろんこの言説は「ウォーゲームはゲームではない」という文脈ではなく、
「ウォーゲームはゲームの手法を用い、ゲームとして楽しむことができ、ゲームとして
市販もされるが、軍の行っている研究や訓練のためのツールも同様にウォーゲームである」
という視点で申し上げるものです。

380 :NPCさん:01/09/06 00:35 ID:rqHey1Dg
>379
>「ウォーゲームはゲームの手法を用い、ゲームとして楽しむことができ、ゲームとして
>市販もされるが、軍の行っている研究や訓練のためのツールも同様にウォーゲームである」

なんだか胸の中がぐらぐらする感じですな。
最初の「ウォーゲーム」と最後の「ウォーゲーム」は別の物のような気が。

381 : :01/09/06 01:17 ID:B4fXhb22
>>379
軍で行われてるウォーゲームがどういうルールの元で実施されてるのか
非常に興味がありますね。そこあたりが、380氏の疑問に答えるポイント
なのでは。

382 :NPCさん:01/09/06 08:51 ID:BhZZpeno
>>380
そりゃ別物でしょ。
だからこそ「〜も同様にウォーゲームである」という言い回しになる。
両者が区別できないほど同じものなら、わざわざこんな言い回しが必要
になったりしない。両者をともにウォーゲームと呼ぶことができる、と
いう立場・視点が存在するすることを>>379は述べているのであって、
両者がまったくひとしい存在であることは述べられていませんね。

383 :NPCさん:01/09/06 08:59 ID:BhZZpeno
クリークスシュピールを語源とするウォーゲームが、
AHのタクティクスをルーツとするボードゲームとしての
ウォーゲームに冠せられた時点で、混乱が始まっていま
すわね。両者は同じ名前だけど、意義といい、プレイヤー
の態度といい、別物というほかはない。それをさらに混
乱させたのは、机上演習としてのルーツに戻ろう(もと
もと両者は同じ物だったはずだ)という主張であったり、
さらに前進して「シミュレーションゲーム」を指向した
りといったムーヴメントだったと思うな。

もっとも、このあたりはどこまで細分化して区別して扱
うかという立場の問題に過ぎないけれどね。

384 :NPCさん:01/09/06 09:06 ID:BhZZpeno
個人的には、しかし、シミュレーション性が高ければ
ゲーム的に難があっても楽しめる。アザンクールなど
ルールを読んだり、コンポーネントの詳細を検討した
りするだけで「うっとり」しますな。そういう意味で
はSPIの目指したところにある種の美学があったとは
認めておきたい。

# そして光栄のゲームをシミュレーションゲームと
# 呼ぶのには抵抗がある(藁

385 :NPCさん:01/09/06 17:06 ID:XJZmBotQ
ゴミレスです。
>384
「ときめきメモリアル」事件最高裁判決では、
ときメモを、「シミュレーションゲーム」と呼んでいたような。
これが、世間様の「シミュレーションゲーム」の理解なのよね(泣)。

386 :ハナザー ◆PmELbKMU :01/09/06 19:38 ID:B0CBuLWc
>>371

> ん?「予算を惜しんでいる」のはどこの軍隊ですか?

 予算が無尽蔵にあるのなら、実弾演習(または模擬弾演習)をしりゃいい。

 ヘクスの話については、また今度。

>>372

> 「原理主義者」の目的は、戦争ゲームではないとすること、高尚に見せること(=俺たちは偉い)と同時にバランスやシステムがおかしいものを売ることにあったと思う。

>>378

> それを極度のマニアつまり原理主義者が「精緻で有ればシミュレーション」と誤解してしまった部分はあると思うなー.

 私は「(シミュレーションゲーム)原理主義者」(笑)のつもりだが、全く考えが異なる。
そもそも何度も書いているとおり「シミュレーションゲーム(シミュレーションを目的としたゲーム)」と「ウォーゲーム(戦争をモチーフとしたゲーム)」は別物で、どちらが偉いと言う事は無い
(ついでに言えば「精緻である=シミュレーションとして正しい」《でない》事も、述べている:コマンド掲示板における「ビッグゲームの指揮権とシステム」を見よ)。

 「同じスキー板というものを使い雪の上を滑る競技」だからと言って、回転系スキー競技とジャンプ系スキー競技の『どちらが偉い』と比べる人はいないだろう。それと同じ事ではないのか?

387 :NPCさん:01/09/06 21:41
>>385
こちらもごみレスです.気持ちはよくわかる(苦笑).
まぁ,恋愛という社会的現象をシミュレートしてるつもりらしいから
間違いとも言えないだろうが,どちらかといえば紙芝居だよね,あれは.

388 :NPCさん:01/09/12 18:46
>>386
>  予算が無尽蔵にあるのなら、実弾演習(または模擬弾演習)をしりゃいい。

 ちょっと文脈が違うんで恐縮ですが、戦術そのものにスポットライトを
あてて教育したい場合など、実弾演習などは「時間の無駄」というか、時
間あたりの効率に欠けますよね? 予算が無尽蔵にあったとしても、優秀
な人材をより多く作るという目的はなくならないと思います。

 実弾演習は、実戦を別とすれば、もっとも精緻なシミュレーションでしょ
う。しかし、それによって学べることは、あらゆる分野において最も効率
的だとは言えないはずです。
 ディティール(細部の再現性)を犠牲にして、そこで注目したい特定要
素にスポットをあてるという方法論は一般に認められているものだと思い
ます。
 シミュレーションとはまさにそういう目的において行われるもので、精
緻であればあるほど、シミュレーションとして質が高いのだという見方は、
シミュレーションの目的の多様さを無視した見方だと思います。

# ハナザー氏などは百も承知でしょうが、念のため

389 :ハナザー ◆PmELbKMU :01/09/16 01:22
>>388

> # ハナザー氏などは百も承知でしょうが、念のため

 もちろん百も承知。

 たとえばヘクスマップであっても、陸戦の戦域指揮官クラスにおいて必要とされるであろう「各部隊の展開範囲を考慮し、障害地形を活用し戦線を構築する」という概念の習得には、十分以上に効果を持ちうると言えるであろう。

 にも関わらず 364 などは、それが理解できてないように思える。

 であるならば 388 のその意見を述べるべき相手も、私ではないように思えるがその辺どうでしょうか?

■■■

 もっともこの点については、364 らに意見を述べても理解できないと 388 が判断したと私は推測したが。

390 :NPCさん:01/09/16 03:22
> たとえばヘクスマップであっても、陸戦の戦域指揮官クラスにおいて
>必要とされるであろう「各部隊の展開範囲を考慮し、障害地形を活用し戦線を構築する」という概念の習得には、十分以上に効果を持ちうると言えるであろう。
それはもちろん分かってるんじゃないかなぁ。ただそれが趣味のものとして
ゲーム的処理をされているということを言ってるんじゃないの?
マジな話し、それだとシミュレーション的というよりは、固有名詞に縛られない
一般論的なメカニズムになるでしょ? たとえばそういう訓練を効率良く
したければ、固有名詞の一切登場しない仮想戦のゲームを作って
できるかぎりの地形・戦力・配置の仕方を試すのが一番のはず。しかし
それって、シミュレーションというより純粋なゲームだよね。
それにシミュレーション的根拠も無しに戦線の角度に影響されるのは事実だし、
これは結構問題をはらんでるかもしれないと思うねぇ。
おおまかな考え方は学べても、詳細で具体的な行動についてはヘックス単位でしか考えられないような
変なクセがつくかもしれん(実際、ついているかもしれん)。それが問題点として露呈しない
のは、ゲームとしてそのようにデザインされているからにすぎないかもしれんわけよ。

俺も常々おもうんだけど、要するにゲームとして販売されているシミュレーションゲーム
は"おおまかにしか"シミュレーションしていないんだよね。数ターンにおよぶ展開全体で史実に基づいた
展開になることでシミュレーションとして成功しているかが判断されるのがほとんどだし。

だいたい、ゲームというものには別に勝敗がなくてもいいわけで。
そうするとシミュレーションをプレイする過程を楽しんでるということは、
歴史の再現や感情移入というファクターを抜きに考えれば、ゲームを楽しんでる
ことに過ぎないんだよねぇ。すぐれたシミュレーションゲームも、
一切の固有名詞をなくしてみれば、"面白いけど単なる複雑なゲーム"に過ぎなくなるもんね。

391 :NPCさん:01/09/16 03:24
知識の抽象化と言う意味では、ウォーゲームは演習に優ると思う。
 日本におけるウォーゲームの元祖は秋山真之による兵棋演習であり、
運用や給与等戦務をも含めた擬似艦長体験は、実弾演習よりも容易
くその本質を会得し得る。ウォーゲームを排したシステムでは、
単なる戦術、若しくは戦法の訓練にしかならないと思うのだが。
 陸軍でも、メッケルがもたらしたライゼと言う一種のロールプレイ
が不確定要素を含む戦場を、より正しく体験させた。

 実弾(模擬弾)演習は、錬度を上げることは出来ても、作戦家や
上級者戦死戦傷時の著しい戦力低下をもたらすのだと思う。

392 :NPCさん:01/09/16 03:32
372氏の
>「原理主義者」の目的は、戦争ゲームではないとすること、高尚に見せること(=俺たちは偉い)と
>同時にバランスやシステムがおかしいものを売ることにあったと思う。
>問題点については、シミュレーションだからと逃げるわけだ。
>そしてシミュレーションになっていない部分も、全てを再現できないと
>逃げるわけだ。そこが肝である場合もな。
の指摘は鋭いと思う。もし本当の原理主義者なら、現状のゲームとしての
シミュレーションゲームの欠点を認識し、軍で行われているようなより緻密
なシステムで行うように提言するのがあるべき姿なんじゃないかな。そうしないのは
原理主義者も趣味のホビイストに過ぎないからだろうな。
実際、ホビーとして販売されているシミュレーションゲームで満足してしまうのは、
実は原理主義者もお手軽でけれんみたっぷりの(もちろん軍で行われているようなものに比べての話し)
ゲームとしての製品が好きなんだろうなぁ、と思うね。

>>386
>そもそも何度も書いているとおり「シミュレーションゲーム(シミュレーションを目的としたゲーム)」と「ウォーゲーム(戦争をモチーフとしたゲーム)」は別物で、どちらが偉いと言う事は無い
同感。

>「同じスキー板というものを使い雪の上を滑る競技」だからと言って、回転系スキー競技とジャンプ系スキー競技の『どちらが偉い』と比べる人はいないだろう。それと同じ事ではないのか?
というわけで、シミュレーションゲームを(ウォー)ゲームとしてプレイしても、シミュレーションとして
プレイしてもかまわない、ってこったな。俺は個々人がそれぞれのスタンスでプレイしてくれる
ことを望むね。両方のスタンスでプレイしても共通に学ぶことはある。けれども、(ウォー)ゲームとして
プレイする人は、ゲームメカニズムに対する感覚を鍛錬することになるわけだし、シミュレーション
としてプレイする人は、表現論に対する感覚を磨くだろう。両方とも、今後の
シミュレーションゲームの発展には欠かせないと思うね。

393 :NPCさん:01/09/16 04:32
某掲示板のことで恐縮だけど、ここで話されてたことにも関係有ると
思うので。

>ハナザーさん
>> 異なる価値観の否定はそれこそ否定されなければなりません。
> ではTraJanさん、皆さんに質問です。
>「インターネットでは、どのような発言も自由にされるべきである」
> Yes でしょうか? No でしょうか?

なんでゲームに対する多様な価値観というものからインターネットの発言に話題をつなげるかなぁ?
話が飛び過ぎだとおもうよー。せめて、別スレッドにするか、ここで話したら?
それにインターネットにも昔からの常識的ルールってのも既にあるしー。

394 :ハナザー ◆PmELbKMU :01/09/16 10:01
>>393

> なんでゲームに対する多様な価値観というものからインターネットの発言に話題をつなげるかなぁ?

 「多様な価値観の是非」という点では、同じ俎上の問題だから。

 それに「多様な価値観の《表明》」に関する問題なのだから、「ゲームに関する」話と限定するよりもインターネットの方が近いであろう。

> それにインターネットにも昔からの常識的ルールってのも既にあるしー。

 だから私のような「常識外れ」の人が現れたら、どうするの? って、問題だろ。

 軍事作戦にしても常識に囚われないで本質的に「正しいか、正しくないか」「可能であるか、不可能か」といった事をはかるのは重要であろうし、そもそも常識で片付くなら「法治国家」なんて概念もいらないだろ。

395 :NPCさん:01/09/16 14:17
ほっとこうかと思ったんだけど、そうもいかないみたいですね。
インターネット上のネチケットにたいする既に確立されているガイドラインを2つほど紹介します。

◆「ネチケットガイドライン」
 ttp://www.cgh.ed.jp/netiquette/rfc1855ja.txt

  *インターネット技術特別調査委員会(ITEF)によって書かれた1995年の文書
  *オープンな場としてのコミュニケーションシステムの例としてニュースグループにおけるネチケットに
   ついて書かれてる箇所がポイント
 
  特に重要と思われる部分を引用します。

  ●フレームに関する部分の引用
  >◇フレーム戦争(感情的論争)に巻き込まれてはいけない。火のつきやすい
  >記事は、投稿することも、それに返答することもしてはいけない。

  ●一般的な姿勢について
  (「1対1の通信について」から)
  >人々と付き合うための常識的な礼儀作法は、一般にどんな場合でも尊重すべきだが、
  >インターネットの場合には、身振りや声の調子を推測させることしかできないなどの理由から、その重要性が倍増する。
  (「1対多の通信について」から)
  >自分が1対多の通信をする時には、メールに関するすべてのルールも常に適用しなくてはならない。
  >1対1の通信の場合よりもはるかに多くの人を傷つける可能性がある
  >ことを考慮に入れておけば、結局、一つのメール・メッセージや投稿で多くの人と通
  >信することと、1人の相手と通信することとはとてもよく似ている。

396 :320:01/09/16 14:21
◆「インターネットを利用する方のためのルール&マナー集」
 ttp://www.enc.or.jp/enc/code/rule/main.html

  *電子ネットワーク協議会によって書かれたネチケット集

  ●一般的な姿勢について
  (「5 電子掲示板・ニュースグループ・メーリングリスト」より)
  >電子掲示板・ニュースグループ・メーリングリストなどでは、多くの人があなたの発言を目にするので、
  >注意深く言葉を選ぶことが必要となります。一般社会で許されないようなことは、インターネット上でも
  >許されないことを理解する必要があります。

基本的に、ネットワーク上では一般社会の常識を守らなければならないし、それ以上の注意が必要であること、
それから、フレームに繋がるような発言はしてはいけない、ということですね。
こうした常識が既にある以上、フレームに繋がるような挑発発言に対して「それはネチケットに
反しますよ」と注意するのはあたまえであるし、「ネットワーク上では一般社会の常識は通じない」
とうそぶく人がいれば注意するのはしごく当然。

#それから、つい最近2chがトラフィック増大によって危機を迎えましたが、フレームはノイズ増大に繋がるので
#フレームに繋がるような挑発は懸命な2ちゃんねらーなら控えるべきだと思いますね。

397 :320:01/09/16 14:22
それからネチケット関連の総合サイトを紹介しておきます。

 ttp://www.cgh.ed.jp/netiquette/

上の2つの文書もここからリンクされています。他にも参考になる
資料がたくさんありますので、皆さん参考にしてください。

なお、これらの資料は上記のリンク集からもわかるとおり、大学の教育にも
利用されています。最近の大学の授業には「情報リテラシー」という
科目があって、その中でインターネットでの基本的な姿勢なども学ぶのです。
ですから、これからの若い世代はこういったネチケットを知ってるわけですね。

398 :ハナザー ◆PmELbKMU :01/09/16 22:44
>>390

> マジな話し、それだとシミュレーション的というよりは、固有名詞に縛られない一般論的なメカニズムになるでしょ?
> たとえばそういう訓練を効率良くしたければ、固有名詞の一切登場しない仮想戦のゲームを作ってできるかぎりの地形・戦力・配置の仕方を試すのが一番のはず。

 そうとは言えない。

 書名は失念したが旧日本陸軍の士官教育を書いた本で、「東京と大阪から進撃して、豊橋辺りで衝突した場合」という想定で課題が出された話があった。
つまりゲームにしても演習にしても、「イメージと結託して、シミュレーション機能の向上を意図している」んだと思うが。

> だいたい、ゲームというものには別に勝敗がなくてもいいわけで。

 この「ゲーム」は「シミュレーション」の間違いではないかと思うが、演習でも「目標」というものがある。
「シミュレーションゲーム」の勝利条件も「目標」であり、プレイヤーは「コマンダーロールプレイヤーとして勝利を目指している」のであろう。
そもそも「To the Wolf's Lair」(1945年1月の東プロイセンの戦い)のような一方的な状況(有名なものとしては、タクテクス誌であった「Operation Grenade」に関する問題もそうであろう)で、
「ゲームとしての勝利」もクソもあるのか?

399 :NPCさん:01/09/16 23:16
>>394
> そもそも常識で片付くなら「法治国家」なんて概念もいらないだろ。

概念規定を重視するハナザーさんにしては珍しく雑駁な用語法ですね。
「法治国家」はドイツ法固有の概念ですし、常識で片付かない問題を
法で統制する国家の事ではありません。
用語に関する無用の混乱を避けるため、あらかじめ指摘させていただきます。

400 :ハナザー ◆PmELbKMU :01/09/17 01:38
>>395

 その文書については私も知っていますし、以前ハナザースレか何かでその文書にリンクしているサイトを紹介した記憶もあります(そのサイトは、その文書の実効性に猜疑を呈しているサイトでしたが)。
で、その文書は《395 が指摘しているとおり》『ガイドライン』(あるいはルール《案》)であって『ルール』ではなく、その事は《その文書自体が冒頭に示している》とおりでしょう。

> このメモは、インターネットコミュニティのために情報を提供するものです。
> このメモは、《いかなる種類のインターネット標準をも規定するものではありません》。
> (一部略)
> 概要
> この文書は、《各組織が採用》し自身の利用のために適合化できるネットワーク・エチケット(ネチケット)ガイドラインの最小限の組み合わせを提供するものです。
(《》については強調のため、私が付記しました:ハナザー)

 もちろんこのルール《案》を利用者なり管理者なりが採用して《ルール》とする事には、何の問題も無い。
だが《ルール》であるならば実効性を担保するための《システム》が必要だし、それについてはこの文書は特段触れていない
(「シミュレーションゲーム」でも「ルール違反をするとシステムが機能しなくなる可能性があり、そもそもゲームをする意味がなくなる」という《システム》によって、ルールの実効性が担保されている)。

401 :ハナザー ◆PmELbKMU :01/09/17 01:40
まず《この文書が示すとおり》「ガイドライン(指針)を必ず明文化しておきましょう。 」という必要はあるであろう。
また実効性を担保するために「このルールに違反した場合は発言削除、あるいは(システム上可能ならば)発言資格剥奪処分もありえます」といったようなシステムと組み合わされてこそ、真の意味で《ルール》となりうる。

 そも『確立されたガイドライン』であっても『確立されたルール』でない事は、《日本最大の掲示板であろう》2ちゃんねるでこれが確立されてない事で、明らかであろう。

 以上の諸点への反論を、期待します(ただ「文書が示しているガイドラインそのもの」については、私も賛成なのだが)。

 もっとも「判断は、読者の判断に任せます」という《論理的反論が出来ないので「ヤツの言い方が気に食わない」から反感を持っているであろう皆にゲタを預けよう》というコメントも、予想のうちの1つですが。

>>399

> 概念規定を重視するハナザーさんにしては珍しく雑駁な用語法ですね。

 指摘のとおり、スマソ。

「法の支配」と言うべきであったか?

402 :NPCさん:01/09/17 02:13
それをいうなら実定法

403 :320:01/09/17 02:54
まず、「ネチケットガイドライン」についてから。

> このメモは、《いかなる種類のインターネット標準をも規定するものではありません》。

そのとおり。組織によってモディファイしたりする必要がありますからね。だけど、ネチケットとはどういうも
のから構成されているか、ということは示されているのは確かです。しかも「最小限の組み合わせ」という
表現からわかるとおり、理想的にはこれ以上捨てることができない項目を挙げているんですよ。

>だが《ルール》であるならば実効性を担保するための《システム》が必要だし、それについては
>この文書は特段触れていない(「シミュレーションゲーム」でも「ルール違反をするとシステムが機能
>しなくなる可能性があり、そもそもゲームをする意味がなくなる」という《システム》によって、
>ルールの実効性が担保されている)。

ルールとして規定されているのが理想的だしょうが、かならずしもルールである必要はありません。
なぜなら、無理に従う必要はないからです。ハナザー氏も無理に従う必要は無いわけです。ただ、常識的
な人間が多い環境では常に挑発的行為に関しては注意されるし、それが当然だと言ってるわけですよ。
それをさも「そういうことに文句を言うのはネット初心者だ」というような誤った情報操作をしようとしたから
俺がつっこんだんですよ。こんな情報操作をせずに、文句を言われるのが嫌なら自分の運営するサイト
を作ってそこでやるのが筋でしょう。

ところで、ネットワーク協議会の文書「「インターネットを利用する方のためのルール&マナー集」
の方はどうですか? こちらにはインターネットでの活動の一般常識を明文化したものですが。
これはようするに、国の機関の関連団体が明確にルール&マナーと規定したものです。そこに
>一般社会で許されないようなことは、インターネット上でも許されないことを理解する必要があります。
と書いてある。ハナザー氏は「ネット社会では一般常識は通用しない」とか主張してませんでしたっけ?
これも俺がつっこんだ理由です。

404 :320:01/09/17 02:55
> そも『確立されたガイドライン』であっても『確立されたルール』でない事は、《日本最大の掲示板であろう》
>2ちゃんねるでこれが確立されてない事で、明らかであろう。

2ちゃんねるに関して言えば、以下のようなことが言えますね。

http://www.2ch.net/before.html より
>基本的には、ユーザーの良識に任せたいのですが、「明文化したルールがない」
>ということを逆手にとってなにをしてもいいと誤解する人が多いので、、、

つまり、2ちゃんねるでは明文化したルールは意図的に作っていないわけですが

>暴言や第3者を不快にさせるような発言はやめましょう
とか
>人間的モラルやルール・ネットマナーに反した発言はやめましょう

というように、「第3者を不快にさせない」「ネットマナーに反しないようにしよう」という方針は
掲げているわけです。ネットマナーとは、先の2つの文書などで表現されてますね。それらに
反することは「やめましょう」と明言しているわけですよ。もし、「私の知ってるネットマナーには
フレーム発言をしてはいけないということは含まれない」とか「私の知ってるネットマナーには
社会の一般常識を破っても良いとある」と主張されるなら、それを明言した文書をお知らせ下さい。

ところで、2CHのトラフィック増大問題に関して396で
>#それから、つい最近2chがトラフィック増大によって危機を迎えましたが、フレームはノイズ増大に繋がるので
>#フレームに繋がるような挑発は懸命な2ちゃんねらーなら控えるべきだと思いますね。
と指摘しましたが、この点についてはどうお考えですか?

405 :NPCさん:01/09/17 15:57
ネチケット関係の議論は、ウォーゲーム/シミュレーションゲーム
の議論とは独立した議論だし、ハナザー氏を書き込み禁止にしたい
のなら、それと主張した上でその是非を議論してほしいです。
なんちゅーか、一般論としてのモラルを議論しても、実効性のある
結論に至るとは思えないし、ハナザー氏も態度を改めるとは思えな
い。あるのはハナザー氏がここで発言することを是とするか非とす
るかだけです。

僕はハナザー氏の発言の一部、とりわけ「ネットにはネットの常識
がある」的な発言は間違っているし、確信犯的なアジテーションに
過ぎないと思っているけど、それに扇動されちゃうような人は端か
ら議論には向かないと思っているので、あまり目くじら立てないで、
「あーあ、また始まったよ」ぐらいに考えておいても良いと思って
いる。

406 :320:01/09/17 17:49
>>450
>あるのはハナザー氏がここで発言することを是とするか非とするかだけです。

ずいぶん厳しい考え方ですね。これはもちろん、「是」ですよ。

>僕はハナザー氏の発言の一部、とりわけ「ネットにはネットの常識
>がある」的な発言は間違っているし、確信犯的なアジテーションに
>過ぎないと思っているけど、

アジテーションではなく、保身のための誤った情報の流布でしょう。ここで
勘違いするネット初心者もいるかもしれない。それはさすがに看過できませんね。
というわけで、釘を刺させていただいたまで。ただのアジテーションなら
今回も「あーあ、また始まったよ」で済ませていたでしょうね。

407 :NPCさん:01/09/17 18:46
>>406
>保身のための誤った情報の流布でしょう

どうかな? 俺には彼が本気でそう考えているように見えたけどな。
たとえば、彼があのスタイルで何年も発言してきて、それで問題は
なかった(彼的に筋は通すことができてきた)から、みたいな。

408 :NPCさん:01/09/17 19:37
>>どうかな? 俺には彼が本気でそう考えているように見えたけどな。

周囲がずっと「あーあ、また始まったよ」で済ませていたからかな。
ニフティの中だと仲間意識とか有ったしねぇ。だけど
ネチケットガイドラインなんかは前から知ってたみたいだし?
 よくわからん。
まー、誤った情報だということには違いないし、インターネット
(つまり「そと」)にその感覚を持ち込めば突っ込まれるのは当然
だろうケドね。

409 :ハナザー ◆PmELbKMU :01/09/29 18:03
>>402

> それをいうなら実定法

 ご教示、感謝。

>>403>>404

> それをさも「そういうことに文句を言うのはネット初心者だ」というような誤った情報操作をしようとしたから俺がつっこんだんですよ。

 ああ、そういう風に誤解してたんですか。

 私は「モラルを言うのはネット初心者だ」とは言っていない。「モラル《だけ》を言うのはネット初心者だ」と言っているのだ。

 私のような「モラルの異なる人」にとっては「モラル《だけ》を言い募る」のは無意味であるし、それは320氏自身を始めとして多くの「初心者で無い人」は『そういう人が存在している事』を承知しているはずだ。

 で、あるならば、無視するなり実定法を制定して私を排除するなり、いくらでも方法が考えられる。にも関わらず《私がわざわざ》ネチケットガイドラインへのリンクを含むサイトを紹介した時でも、それを真面目にたどって私に反論しようとする人もいなかった有様だ。

 私のように『わかりやすいターゲット』『倒すべき暴君』がいるのに、なぜ君達は倒さないのだ?
ニフティ時代にガンダムウィングのトレーズ・クシュリナーダの台詞「私は敗者になりたい」を私は何度か使ったが、その言葉の意味を考えた人はいなかったのか?
(いちおう言っておくが、こう書くと「安心しろ、お前は既に敗者だ」とか言ってくる人がいると思うが、既にここに書いたネタではない芸を見せて欲しいものだ)。

410 :ハナザー ◆PmELbKMU :01/09/29 18:05
> 2ちゃんねるに関して言えば、以下のようなことが言えますね。
(一部略)
> つまり、2ちゃんねるでは明文化したルールは意図的に作っていないわけですが(一部略)「第3者を不快にさせない」「ネットマナーに反しないようにしよう」という方針は掲げているわけです。

 だから「法律(あるいはルール)がある」事と、「それが機能している」事とは別だろう。「機能していないルール」が「確立されたルール」だと言えるのか?>320氏&諸氏
もしそれらのルールが機能していたならば、現在2チャンネルの問題とされている事の大半は片付いているはずだ。

 確認しておくが、私は「挑発的表現」の『(モラルとして)良い悪い』を論じているわけではない。
既に述べたように私自身も挑発により「ノイズが増える」という《デメリット》を指摘しているし、私のモラルに挑発的表現が合致すると言った覚えも無い。
ただ私は単に『挑発的表現により、関心を集める』という《メリット》を認識し、それを実行しているに過ぎない。

 そも《私が話題を提供しない》とこのスレッドが10日以上も発言が止まってしまっている事が、その査証ではないか。

>>406

> アジテーションではなく、保身のための誤った情報の流布でしょう。

 「保身のため」ならば、そもそも「発言しない」という選択をすると思うが(笑)。

>>407

> 俺には彼が本気でそう考えているように見えたけどな。

 「考えている」のではなく、「実態としてそうだ」というに過ぎません。2ちゃんねるを始めとする掲示板ではネチケットガイドラインがどうであれ、それが機能していると言えない実態であるというだけです。

> たとえば、彼があのスタイルで何年も発言してきて、それで問題はなかった(彼的に筋は通すことができてきた)から、みたいな。

 そう、それが問題。

 あなた方がもっと「自分達のコミュニケーションの場を守るための闘いと、そのあり方」について考察していたならば、私が『活躍』せずに済んだのだ。

411 :NPCさん:01/09/29 18:08
>私が『活躍』せずに済んだのだ。

なんでもいいけど、その「活躍」が批判されていることだけは意識してね。

412 :ハナザー ◆PmELbKMU :01/09/29 18:42
>>411

> なんでもいいけど、その「活躍」が批判されていることだけは意識してね。

 そう、「批判」であれ「賛同」であれ「見落とされ考察されない」よりは、よほど良い。

413 :NPCさん:01/09/29 18:47
「批判」では表現が甘かったかね。
「反発」の方が良かったか。

考察すらされないかもよ。

414 :ハナザー ◆PmELbKMU :01/09/29 19:42
>>413

> 考察すらされないかもよ。

 別に「非挑発的に書いても」考察されない可能性はあるのだし、そのような事は折込済み。

415 :NPCさん:01/09/29 20:16
ハナザーへ

定義について。
定義だけして質問を受けず、俺様の定義は完璧だと叫ぶのが
ハナザー流の定義なのか?

フレームを呼ぶような書き込みをして、フレーム好きじゃないと
言うのがハナザー流フレームの呼び方なのか?

416 :NPCさん:01/09/29 21:34
2chに限らないが、ノイズは無視するという作法がある。
ハナザー氏の発言の中で、つっこみすら受けないものは、
要するにつっこむ価値すらないノイズってことだよ。
批判する価値のある発言をすることもあるハナザー氏だ
が、批判する価値のない発言をすることもあるってこと
だな。

417 :NPCさん:01/09/29 22:58
>> 私は「モラルを言うのはネット初心者だ」とは言っていない。「モラル《だけ》を言うのはネット初心者だ」と言っているのだ。

モラルだけ言っても別に初心者じゃなかろ。
それに初心者じゃいけないってこともないでしょ。
そういう自分のポリシーがあるならそれを押しつけないで自分の所有場所でやってくれ。

418 :NPCさん:01/09/30 10:34
>(いちおう言っておくが、こう書くと「安心しろ、お前は既に敗者だ」とか言ってくる人がいると思うが、
>既にここに書いたネタではない芸を見せて欲しいものだ)。

あえて言おう「おまえは、勝者にはなれない」

419 :NPCさん:01/09/30 21:56
>《私が話題を提供しない》とこのスレッドが
>10日以上も発言が止まってしまっている事が、
>その査証ではないか。

 査証→証左、ですね。
 ま、そんなtypoはどうでもいいとして。
 ウォーゲームハンドブックがらみで盛り上がっていたときは、
ハナザー氏の挑発は必要なかったですよね。どっちかというと、
ハナザー氏の挑発のせいで、みんなが議論を進める気分ではな
くなってしまったように見えますけど。

420 :NPCさん:01/09/30 22:51
>《私が話題を提供しない》とこのスレッドが
>10日以上も発言が止まってしまっている事が、
>その査証ではないか。

というか下手に発言をするとハナザーさんが来ちゃうかなとか
思ってたのよ。一ヶ月くらい様子を見て来なくなったらネタ振ろうかと
思ってたのだが。ハナザーさんもモラルに従ってる別の場所も
あるから無理に続ける必要も無いと言えば無いんだけどね。

421 :NPCさん:01/10/04 16:43
 とりあえずハナザー問題は無視(w

>>392
>もし本当の原理主義者なら、現状のゲームとしての
>シミュレーションゲームの欠点を認識し、軍で行われているようなより緻密
>なシステムで行うように提言するのがあるべき姿なんじゃないかな。

 えー、軍で行われているシミュレーションって、市販のシミュレーショ
ンゲームと比較して「より精緻」なんですか? 僕は軍で実際に行われて
いる机上演習がどういう視点においてどの程度まで精緻なものか、知りま
せんけれど。
 なんか抽象(abstract)って言葉の意味を誤解して、抽象度の高いシミュ
レーションを評価しない人がいるような。

422 :NPCさん:01/10/06 01:48
>>421

軍で行うウォーゲームには時代によっていろいろあり、
一言ではいえない部分も多いと思います。
また、現代のウォーゲームはシステムの詳細な部分は秘密ですので、
わかりにくい部分もあります。

ただ、19世紀プロイセンのクリークシュピールは兵員数を比較して戦闘の勝利確率
を求めるもので、地形や戦意によって兵数を倍加したりするというもので、
商業ウォーゲームに近いものだと思います。
この方法は、より詳細なルールを加えられてはいくものの、
おおむね、WW2までは使われていたと考えられます。

現在ではコンピュータがさまざまな数値処理を行うので、
その点では「より精緻」だということはいえると思います。
ただこれは処理においてであり、プレイヤーの意志決定は
それぞれのレベルにおいてなされ、そのために与えられる
情報は、その指揮レベルに相当する抽象的なものであると
はいえるでしょう。
実際、マーク・ハーマンやランドール・リードといった
もともと商業ウォーゲームのデザイナーが軍にお呼ばれ
するのも、こうした抽象化とシステムにおける経験が
求められているからかもしれません。

なお、湾岸戦争ではVGのガルフストライクがそのまま使われたそうです。
(もちろん市販版は極秘データを取り除いているので、すべてがそのまんま
というわけではないそうですが)

423 :ハナザー ◆PmELbKMU :01/10/08 22:24
>>415

 ああ、いつもの「同じ質問を延々と繰り返してこちらの回答は無視し、匿名性の陰に隠れて議論する気が無いのに発言だけ続ける」方ですか。
まあ私は「回答するのが楽しい」ので、「私が回答できるよう、質問の確認」をさせていただきます(ちなみに「匿名性」そのものについては、私は賛成であるが)。

> 定義だけして質問を受けず、俺様の定義は完璧だと叫ぶのがハナザー流の定義なのか?

 「質問」とは、何の質問でしょうか?

> フレームを呼ぶような書き込みをして、フレーム好きじゃないと言うのがハナザー流フレームの呼び方なのか?

 だから「フレームを呼ぶ(=行為)」と「フレーム好き(=好悪)」とは、別の問題であろう。「注射が大嫌い(=好悪)」な人でも必要と思えば「注射を受ける(=行為)」だろ。それがフレームを呼ぶかどうかについてまでは、私の知ったこっちゃない。

>>416

> ハナザー氏の発言の中で、つっこみすら受けないものは、要するにつっこむ価値すらないノイズってことだよ。

 それは >>335

> それってひょっとしたら優れた発言故にそれ以上コメントつけられないというケースじゃないですか?

と、どのようにして「異なると判断しうる」のですか? 何度も申し上げているとおり「NPC さん」に対してはこちらは「集合意識体」としてしか見なしえないので、この点を「見解を統一」していただかないとこちらからは《何とも言いようが無い》のですが。

424 :ハナザー ◆PmELbKMU :01/10/08 22:25
>>417

> モラルだけ言っても別に初心者じゃなかろ。
> それに初心者じゃいけないってこともないでしょ。

 いいえ、初心者ですし、問題があると言えます。なぜなら「私のようにモラルの異なる人にモラルだけ言っても効果がない事を承知しているのに、言っている(「無効と承知している発言=ノイズ」を発生させている)」からです。

 「初心者にモラルを示す」という効果をねらっているとも思われますが私としても同時に「そのモラルとやらに実効性が無い事を示す」事が出来ますから、『さらにその上を行く必要がある』と思います。

> そういう自分のポリシーがあるならそれを押しつけないで自分の所有場所でやってくれ。

 まあ「希望」としては、承っておきましょう。
しかし私は「出来るだけ多くの人に自分の考えを示して、《強制的にでも》考察させる」のが目的であり、それゆえ「他の場所のルールに従うと言う不自由を感受してでも、大勢に示す」ようにしているので、受け入れるつもりはありませんが。

>>418

> あえて言おう「おまえは、勝者にはなれない」

 「勝者では無い=敗者である」《とは言えない》という事に、お気づきでないのでしょうか?
私は『議論を巻き起こすのが目的』なのですから、私を「石もて追い出す」ので無い限り《意味が無い》(どころか『私が勝者になる』事も、私にとっては《目的にそぐわない》)のです。

>>420

> 一ヶ月くらい様子を見て来なくなったらネタ振ろうかと思ってたのだが。

 「シミュレーションゲームに関係する(オープン)掲示板」である限り、私が死にでもしないと私が来なくなる事はありえません。

> ハナザーさんもモラルに従ってる別の場所もあるから無理に続ける必要も無いと言えば無いんだけどね。

 「モラルに従っている」というならば、「私は常に自分のモラルに従って」います。別の場所=個人掲示板では「管理者がルール」なのですから、「管理者のルール=モラル」に従っているに過ぎません。

425 :NPCさん:01/10/09 00:57
>と、どのようにして「異なると判断しうる」のですか?

自己満足で他人を不快にさせるのが芯から好きなのと、「強制的にでも考えさせる」
とどのように異なると判断したらいいんだろうねぇ。

426 :NPCさん:01/10/09 11:48
今回はハナザー氏が正しいと思うな。
ハナザー氏の態度を変えることはできないんだから、
ハナザー氏の発言を受け入れるか、
無視するか、
ハナザー氏が嫌がるぐらいのフレームに発展させて書き込ませないようにするか、
いずれかなんじゃないの。

# 俺は無視がいいと思う。

427 :ハナザー ◆PmELbKMU :01/10/09 19:13
>>425

> 自己満足で他人を不快にさせるのが芯から好きなのと、「強制的にでも考えさせる」とどのように異なると判断したらいいんだろうねぇ。

 「どちらもそのままでは判断しえません」

 そして >>416>>335 の相違は、「判断していただかないと、私が回答できない」ので質問しているのです。

 私の意見はそれ自身が私の回答であり、別にそれを信じるか信じないかはご自由ですから。

>>426

> ハナザー氏の態度を変えることはできないんだから、
> ハナザー氏の発言を受け入れるか、
> 無視するか、
> ハナザー氏が嫌がるぐらいのフレームに発展させて書き込ませないようにするか、
> いずれかなんじゃないの。

 もう1つ、そして私が望む「《実効性のある》ルールを作り出す」という方法があります。

428 :ハナザー ◆PmELbKMU :01/10/09 20:19
>>427

> もう1つ、そして私が望む「《実効性のある》ルールを作り出す」という方法があります。

 ああ、もう1つあった。

 「他の人が持っているらしい《モラル》が私を含めた同じものを持っていない人にも必要である事を証明する」
(<私は「聞く耳持っている」ので、「《理論的に打ち負かせれば》態度を変えさせる」事は可能ですよ>426)

429 :NPCさん:01/10/10 18:54
参加者各位

フレーム発言をそれと自覚してすると宣言し、ネットの一般的モラルに
従わないという人間相手には、無視ときどき注意というのが有効なルールと思うが
どうよ。注意に反論してきても無視すればノイズにはならんし、注意した
という行為の記録は残るから、容認したとも誤解されんだろう。

430 :NPCさん:01/10/10 21:37
>>429
同意。

257 KB
■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています

★スマホ版★ 掲示板に戻る 全部 前100 次100 最新50

read.cgi ver 05.04.00 2017/10/04 Walang Kapalit ★
FOX ★ DSO(Dynamic Shared Object)