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☆助六由縁江戸桜☆

1 :重要無名文化財:2001/03/04(日) 08:55
スケロク!について語ろう!
ってか同じ演目なのに家ごとに名前が違う・・
どーして?

2 :重要無名文化財:2001/03/04(日) 09:00
新之助の助六に雀右衛門の揚巻・・<去年の演舞場

観にいきたかったよぅ

3 :荒唐無稽文化財:2001/03/04(日) 10:57
>1
 由縁江戸桜、とは本来出端に使う河東節の名題であって、
市川宗家以外で河東節を使わない時は当然名前が違う、と
ボクは解釈しているが、違ってたら勘弁。突っ込み希望。



4 :重要無名文化財:2001/03/04(日) 14:48
>>3
確か3さんの言う通りだったと思います。
市川宗家が助六をする時のみ河東節でできて、
市川宗家以外が助六をする時は、河東節でもなく、
名題を変えて演じる決まりってことを「情熱大陸」で言ってたと思う。
もし違ってたらごめん。違ってたらまた書き込みします!

5 :重要無名文化財:2001/03/04(日) 14:59
原則そうですね。音羽屋は清元、中村屋や松嶋屋は長唄だったかな?
あとは高麗屋、おもだか屋も助六やってるけど、そんときはしらないっす。

前進座は「助六由縁江戸桜」でやってませんでした?

6 :春の陽射し:2001/03/04(日) 15:34
みなさまへ

へぇ、そうなんだ。私も、なんで名前が違うのだろう
なんて思ってた一人なのでした。
市川家というのはやはり特別な家なんだね。

7 :重要無名文化財:2001/03/04(日) 17:14
菊五郎の揚巻みたい。

8 :重要無名文化財:2001/03/04(日) 18:02
前進座は、抜ける前の河原崎長十郎が市川家と関係が有りましたから、
河東節でした。
たしか、九代目團十郎の前名が河原崎権之助。
また、帝劇の高麗屋の助六は長唄でした。
常磐津にも助六残っているけど、明治以降、芝居で使ったこと有る
のかな。七代目三津五郎は「助六廓二重帯」(ちょっと不確か)の
外題で、常磐津で踊っていましたが。

9 :荒唐無稽文化財:2001/03/04(日) 19:31
↑桜二重帯、ではなかったっけな。ボクもウロ覚えだけど。

10 :朝顔仙平:2001/03/04(日) 21:08
故・宗十郎の揚巻が見たかったよー。

11 :重要無名文化財:2001/03/04(日) 23:21
実は助六&揚巻よりサブキャラが好き。
仁左衛門さん襲名時の『助六』は面白かった。
御園座では国侍じゃなくて亀蔵さんが網笠を被った若衆に。
初めて見たキャラだけど良かった。
それにしても権十郎さんの通人が見たかったなぁ。

12 :重要無名文化財:2001/03/05(月) 01:05
新造ってなに?

13 :重要無名文化財:2001/03/05(月) 01:33
揚巻や白玉などの後をゾロゾロ付いて行く人たちですよね?
切られ与三の科白にある
「ご新造さんえ、おかみさんえ、お富さんえ…イヤサお富、久し振りだなァ」
の“ご新造さん”とはなにか関係があるんでしょうか?
国語辞典ではお内儀さんみたいな意味しか載ってませんでしたが。

14 :重要無名文化財:2001/03/05(月) 01:45
船を新しく作ること=新造が語源らしいですね

15 :重要無名文化財:2001/03/07(水) 13:34
歌右衛門の揚巻の打ち掛け、いったいおいくらなんでせうか?
東山かいいさんのとか。

16 :重要無名文化財:2001/03/07(水) 14:38
>>13
下級武士・高級町人の若い奥さんを「ご新造さん」。
妹女郎・下級遊女を「新造」。
男性の相手をする初々しい女性といった点で共通していますね。
14さんの説でいくと「新しい乗り物」って事かな。(笑

17 :12:2001/03/08(木) 17:51
新造さんの意味わかりました。みなさまありがとうです〜

18 :重要無名文化財:2001/03/08(木) 21:02
さて、女郎は「じょろう」か「じょうろ」か??
博識の方、教えてくださいまし。

19 :重要無名文化財:2001/03/08(木) 21:48
上臈(じょうろう)が訛って、じょろう→女郎 って説がありますね。

20 :重要無名文化財:2001/03/09(金) 02:18
そもそも上臈とか中臈とかの意味ってなんでせうか・・

あと、傾城や花魁の違い・・

21 :重要無名文化財:2001/03/09(金) 02:23
ってか、小女郎って名前、多いよね。
あと傾城の名前で多いのといったら?
薄雲とか桔梗とか。

白玉って花魁?揚巻は花魁だけど。

22 :重要無名文化財:2001/03/09(金) 10:40
「女郎」は字では「じょろう」だが、江戸訛りで「じょうろ」。
「女郎買い」は「じょうろかい」とか「おじょろッかい」と言う。
落語にも「おじょろッかいって面じゃないよ、鮑ッ貝でおまんまみたいな
面しやがって」とある。

23 :重要無名文化財:2001/03/09(金) 11:20
>>20
御殿女中の身分です。

傾城は国を傾けるほど権力者を夢中にさせる女性=高級遊女。
花魁は、江戸吉原の上級遊女=太夫です。
どちらも元々の意味で、じっさいには 廓で擬似恋愛を売る女性=傾城 、
その中で 吉原で一人前の女性=花魁 といった感じです。

>>21
「高尾」も三浦屋で代々続いた名前ですよ。
白玉は、花魁です。
若い衆・かむろが付いて太夫と呼ばれていれば、花魁です。

>>22
江戸訛りとばかりは言えないんですよねぇ。

24 :重要無名文化財:2001/03/09(金) 12:31
>>16 新造についてですが、昔、お嫁にくる女性のために建て増しをして若奥様用のお部屋を造るのがそこそこ上流階級の風習だったので、「新造の屋敷の女主人」の意味で「ご新造」だと聞いたことがあるんですけど。

25 :重要無名文化財:2001/03/10(土) 00:07
ところで、意休って、いったい何者?
あんなお大尽で、いったいどんな商売してたのかな?
諸説紛々のようでもありますが・・・?

26 :重要無名文化財:2001/03/10(土) 09:33
>25
だんざえもんです。5代目弾左衛門集誓。浅草に屋敷がありました。
歌舞伎の支配権をめぐり、紛争があり、弾左衛門は歌舞伎の支配権を失いました。
あとはご自分でお調べください。

27 :26:2001/03/10(土) 09:38
歌舞伎の位置にもかかわるので、こっちでやってくれ
http://mentai.2ch.net/rights/index2.html

28 :重要無名文化財:2001/03/10(土) 11:25
>>25
幡随院長兵衛と同じ男伊達の深見十左衛門とする説もありますね。

29 :重要無名文化財:2001/03/11(日) 19:49
http://mentai.2ch.net/test/read.cgi?bbs=min&key=983343052

30 :重要無名文化財:2001/03/12(月) 11:48
曾我ものとしての意休は伊賀平内左衛門だな。
平家の侍。彼は頼朝狙ってるんでしたっけ?



31 :重要無名文化財:2001/03/13(火) 00:04
花魁の名前ってどうやってつけてるの?

32 :重要無名文化財:2001/03/24(土) 01:27
NHKの放送の録音を整理していたら、河東節で
助六廓花道というのがでてきました。
ちょっと短い気がするが、歌舞伎の初演では
多少段取りが違っていたのでしょうか。
詞章は違いますが、雰囲気は一緒です。

33 :重要無名文化財:2001/07/12(木) 20:56
加賀屋鶴助さんの文使いの新造 忘れられません

34 :荒唐無稽文化財:2001/07/13(金) 02:10
シブい。拍手。

35 :重要無名文化財:2001/07/13(金) 09:04
そういえば助六名取なんていいますけどいくらぐらいかかるんでしょうね?

36 :重要無名文化財:2001/07/13(金) 11:32
こりゃまた、おなまなおハナシを....(大好きですが)
やまぶきのお茶 くらいでしょうかねえ ??ワカラン
物販もあるでしょうし。

37 :重要無名文化財:2001/08/23(木) 00:53
南座発表待ちあげ

38 :重要無名文化財:2001/08/23(木) 10:20
南座で三津五郎が助六やんの?

39 :重要無名文化財:2001/08/23(木) 19:59
>>38
らしいねぇ。うわさでは。
三津五郎家の踊りでは常磐津の助六があるらしけど、
やっぱ音羽屋型でやるのかな。助六曲輪菊で。

40 :重要無名文化財:01/09/10 18:01
大和屋の助六

「助六桜二重帯」
すけろくさくらのふたえおび

41 :重要無名文化財:01/10/01 23:37
コロンビアで出していた、常磐津の助六、
CDで出してけれないかな。
B面は常磐津の娘道成寺道行だった。
両方とも聴きたい。

42 :重要無名文化財:01/10/24 17:33
常磐津の助六か・・知らなかった

43 :重要無名文化財:01/10/25 19:04
我童さんのまんこうも味があった

44 :豊後:01/10/25 20:25
>41
常磐津好きの九代目団十郎あたりが使った曲でしょうかね?
漏れもきいてみたい。

45 :重要無名文化財:01/10/25 20:27
去年NHKで放送しなかったっけ?>常磐津の助六

46 :重要無名文化財:01/11/22 12:28
南座楽しみ!三津さん、どうか色男に化けてくれー。もんぺーに負けるなー。

47 :重要無名文化財:01/11/22 12:52
>>23
すくなくとも「花魁」というのは江戸訛りから出た言葉じゃないですかね。
新造や周りについているものが「おいらんとこの姐女郎(とか姐さん)が」
等と語ったのが転じたものだと聞いたことがあります。
ただ、吉原の廓言葉って、御店によってだいぶちがったようですね。
もともと島原の方の言葉が吉原に移ってきたものらしくて、案外、
関西弁的だった様にも思えます。
「ありんす」というのが一般的に有名ですが、「ありんす」を使わない店もあって、
「・・・おす」を使った店もあるらしい。殆ど関西弁ですよ。
また、「・・・ざんす」という言葉を使わせる店もあって、
コレはのちのちの、「ざあます言葉」にかなり似ているそうです。
こんなのを読むと、つい、
幕末の頃廓にいた女性が明治の初期に(どこをどうしてか)
山の手夫人に納まりかえっていたのかなぁ
等と妄想したりもします。

48 :重要無名文化財:01/11/22 15:17
>>47
23だけど。(だいぶ前なんで、違うかも?(w )
23で「江戸訛りとばかりは言えない」って言ってるのは、「じょうろ」についてですよ。

ご指摘の「花魁」の語源についても、有力な一説というだけで、たしかなところは
わからないようです。

ありんす言葉も熊沢蕃山が作ったという説もありますが、またご指摘の通り
店によって違います。
とは言え、島原から移ったかと言えばそうとも言い切れず、各地から集まった
娘達の訛りを誤魔化すため、どこの方言ともつかないものを作り上げたようです。

「ざあます」言葉どころか、現在丁寧な物言いとされる「です・ます」言葉も
幇間の言葉が一般化したものですよ。
明治維新で江戸期からの山の手住人が去り、薩長を中心とする尊皇派が
住みついたりしているので、訛りを消した共通語として廓の例に倣ったといった
ところじゃないでしょうか?

49 :重要無名文化財:01/11/22 16:52
解説うれしい。が、長いぞ。

50 :重要無名文化財:01/11/22 17:41
長いってほど、長くないよ。

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