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双葉の前に双葉なし双葉の後に双葉なし

1 :待った名無しさん:01/08/30 17:46 ID:fhua/UtQ
双葉山関について語りましょう。

2 :103 ◆pfZ/SuMo :01/08/30 19:03 ID:3eNmoni6
うっちゃり双葉〜常勝将軍双葉山
すごすぎ。

3 :待った名無しさん:01/08/31 10:14 ID:h/6jsT0I
リアルタイムで見た人なんているんでしょうか?
でも雑誌なんかで土俵を離れた時の顔を見ると凄い笑顔の魅力的な色男。
土俵の無敵王のイメージとの落差がなんとも・・・

4 :103 ◆pfZ/SuMo :01/08/31 17:14 ID:p1Dv2p.6
強さ=優しさは不自然だとは思いませんが。

5 :待った名無しさん:01/09/01 22:05 ID:y8q6B5V6
ビデオで見たけど、双葉山の対戦相手もいい相撲とってるね。特に前田山との対戦はしびれる。

6 ::01/09/04 20:46 ID:Fz5V59RE
前田山も伝説的な力士だね。前田山の突っ張りって、今の千代大海
みたいに一発で突き飛ばすというより速射砲のようなものなのかな?

7 :待った名無しさん:01/09/04 23:40 ID:ryqstujg
戦後の双葉山(時津風)の威風を生で見ているうちの母に、
爾光尊事件の写真を見せたら、「なにこれー、うっそー」と大笑いした。

8 :待った名無しさん:01/09/05 10:06 ID:DVC7V2sM
未だ木鶏(もっけい)たりえず。

9 :永田節男:01/09/05 15:08 ID:wiIY6yZc
来た、見た、勝った。

10 :待った名無しさん:01/09/05 17:43 ID:DVC7V2sM
「われ未だ木鶏たりえず」
酒の席で、安岡は『荘子』達生篇にある木鶏の話をした。
その座に横綱双葉山がいたが、双葉山を意識してしゃべったわけではない。

昔、王のために闘鶏を養う名人がいた。
ある日、王は名人に尋ねた。
『どうだ、もう闘わせてもいいかな』
ところが名人はこう答えた。
『いや、まだいけません。いまはちょうどから威張りして、自分の力を当てにしています』
しばらくして、王は名人に催促した。でも彼はうんといいません。
『まだいけません。他の鶏の姿を見たり、鳴き声を聞くと興奮します』
しばらくして、王はまた催促した。名人はまだ許しません。
『まだです。傲然と構えておって、血気が盛んでいけません』
その後、王が重ねて催促したとき、彼はやっと承知した。
『まあ、よいでしょう。もう他の鶏の鳴き声を聞いても平気です。ちょっと見ると、まるで木で作った鶏としか見えません。徳が充実したのです。これでどんな鶏がやってきても、天下無敵です』
戦いというものはこうでなければいけない。徳が充実してくれば、戦わずして勝つ、つまり相手を呑んでしまうことが起こる。

双葉山はこの話にじっと聞き入っていた。横綱双葉山といえば、連戦連勝の関取で、不世出の横綱といわた。
安岡は相撲は単なる勝ち負けではなく、心を鍛練し、天にいたる「道」だと考えたのである。

安岡はこの話をしたことを忘れていた。ところが、昭和14年1月、欧州旅行の途上、安岡が乗った船がインド洋上にあったとき、無電が鳴った。
「ワレイマダモッケイタリエズ フタバヤマ」
安岡は一目電文を見て、双葉山の連勝が阻まれて土がついたことを知った。安芸の海に破れ、歴史的記録は惜しくも69連勝で終わった。連勝中、いつも双葉山の心の中にあったのは、もはや勝敗のことではなく、木鶏の話だったのである。

現役から引退した双葉山は、のちに相撲協会理事長に就任した。昭和34年12月、時津風は安岡の自宅を訪ね、「木鶏」の揮毫をお願いした。これを契機に集まりが持たれるようになった。安岡はこの会の名を「木鶏会」とした。

(安岡正篤の世界  神渡良平著 同文舘より)

11 :待った名無しさん:01/09/06 16:56 ID:tAemWITI
人生70古来稀なり。

12 :5:01/09/06 23:42
双葉山の相撲が面白いのは、双葉の取り口に加えて、相手がいかに勝とうかと工夫しているがゆえだと思います。
特に年2場所なので、力士の集中力は凄まじかったと思う。

13 :待った名無しさん:01/09/07 10:48
>>12
御意。
同様に、観客の相撲に対する情熱、観戦する際の集中力も、
今より凄まじかったと思う。

又、横綱土俵入りも、今の横綱よりも遥かにうまく見える。
これも、集中力のなせる技か?

14 :待った名無しさん:01/09/08 04:52
>>13
これは反対。力強さが全くない。土俵入りは形より力感ではないでしょうか?
双葉山のは相撲が本分だからと手抜きをしているように思えます。

15 :待った名無しさん:01/09/08 09:59
ゴッチの前にゴッチなくゴッチのあとにゴッチなし

フランク・ゴッチ

16 :待った名無しさん:01/09/13 10:33
ゴッチと双葉 共通するのは ガチンコ。

17 :待った名無しさん :01/09/13 21:05
双葉山は69連勝のあと、3連敗!!
知ってた?

18 :待った名無しさん:01/09/13 23:09
>>15
カール・ゴッチの事?

19 :待った名無しさん:01/09/14 14:04
>>17
イマダモッケイタリエズ と電報を打っています。
それだけ当時の自分を冷静に評価していたのでしょう。

20 :待った名無しさん:01/09/14 14:32
>>18
1908年に世界王者になったF・ゴッチです。
カール・ゴッチ(本名カール・イスタス)のリングネームは彼に由来する。
20世紀初頭までプロレスはガチンコでした。

21 :待った名無しさん:01/09/14 21:39
>>19
> イマダモッケイタリエズ と電報を打っています。

なんて冷静に言っているぐらいだから、翌日からまた勝ち続けたと
思っていただろ。翌日もその翌日も負けたんだYO。
知らなかっただろ。

22 :待った名無しさん:01/09/14 22:31
たしか退潮を崩してたんだよな。
その場所は7勝4敗に終わったはず。

23 :待った名無しさん:01/09/14 22:52
ゆるふん双葉。

24 :5:01/09/15 22:47
>>22
9勝4敗ですね。
安芸ノ海に負けた後、両国、鹿島洋と3連敗したあたりが、むしろ双葉も人間だったかと思わせる。

25 :18:01/09/15 22:53
>>20
知りませんでした。ありがとうございました。

26 :待った名無しさん:01/09/15 23:52
師匠になってから 牧本という弟子に
とどろきわたる というしこ名とつけたりして
茶目っ気な部分もありました。

27 :待った名無しさん:01/09/16 00:27
>26
それって双葉が付けたんだ。知らなかった。

28 :待った名無しさん:01/09/16 10:30
いま思ったんですが「双葉」って「まだ未熟なもの」の例えに使われるものですよね。
無論「これから成長するもの」という期待もあってこそですが。これも大横綱の四股名と
してのミスマッチ感がいいですね。「大鵬」というスケールのデカ過ぎる(応えた大鵬もスゴイ!)
四股名とも好対照。

29 :5:01/09/16 21:39
双葉時代の力士もいい力士が揃ってますね。怪力・業師・突き押しなど個性派力士のオンパレード。タイムスリップして見てみたいですね。

30 :待った名無しさん:01/09/18 22:42
>>28
ガイシュツと思いますが、「双葉山」の由来は、
「栴檀は双葉より芳し」から取られました。
「良いものは、若いうちから突出している」という意味です。

31 :待った名無しさん:01/09/19 00:15
もしも天竜が事件を起こさなければ、
あの双葉山はあったのだろうか?

32 :待った名無しさん:01/09/19 10:40
>>30
当時の双葉山のインタビューでは
入門時に世話になった大分県の巡査のふたがわさん
という方にちなんでつけたらしいです。

33 :30:01/09/19 23:24
>>32
双川さんの奥さんが亡くなられたとき、
双葉山は泣き崩れたそうですね。

34 :待った名無しさん:01/09/22 00:01
双葉山って隻眼だったんだよね。でも、全くそれを感じさせない。
現役当時闘っていた力士たちも知らなかったらしいよ。

35 :コピぺくん:01/09/23 00:10
相撲板に以前あったスレで古今の力士を比較するものがあり、そこでは
「現役最強=史上最強」「双葉山=現代の十両以下」という意見がわりと支持されてましたが
ボクシング板に下記のような意見があったので無断で紹介します。

 柔道やボクシングよりも、相撲の方が「昔>今」の構図がよりはっきりしていると思います。
 最大のポイントは、相撲の場合、技も練習方法も、かなり古い時期にほぼ完成していることです(「寄り身の技術」など所詮マイナーチェンジの進歩)。
 そういう競技では、一見すると不合理に見える稽古法も、長い時間をかけて構築されているだけあって、実は[不合理の中にちゃんと合理性が貫徹している]もので、いわゆる科学的トレーニングなど入り込む余地がありません。
 最高の強さと巧さを身につけたかったら、昔ながらの技を、昔ながらの稽古で錬磨することがベスト。だから問題は、どれだけの稽古を質量ともにこなしたかです。
 そう考えると、相撲の全体的レベルは、稽古の質も量もけた外れにハイレベルだった昔の方が、強さにおいても巧さにおいても、今より格段上だと思います。
 特に次の二点を考えれば、「現役最強が常に史上最強」など戯言にすぎません。
 第一に、車も自転車もなく移動は徒歩、粗食だが栄養学的には今よりバランスのいい日常生活環境。
 そういう時代環境の方が、現代人より遙かに頑健な肉体を創ります。最近新聞で、今の力士の体脂肪率は異常に多すぎると報じていました。
 昔の力士の体脂肪率は驚くほど低かったそうで、今の力士、明らかに無駄に太りすぎです(だから膝のケガが多い)。
 第二に、荒々しく野蛮な、一見不合理に見えて実は合理的な練習環境。
 それこそ死と隣り合わせのしごきが常態で、一日百番稽古などという、今では信じられない稽古量。しかも、多少出血しても、血が出るくらいなら生きてる証拠だ!と怒鳴られ、失神するほどぶんなげられるめちゃくちゃさ。
でも、だからこそ、ただでかいだけのヤツはすぐに壊され(不具になろうと本人が悪い!でかたづけられ、泣き寝入りの世界です)、素質があって根性があり、生まれつき頑丈なヤツだけがサバイバルし、強靱な肉体と精神を持った、技もバツグンに切れる力士に育ちます。
特に、初代若の花の上手投げの切れなど、そういう地獄の稽古からしか生まれなかったでしょう。まさに[不合理の合理]とはこれを言います。
そんな時代の横綱を、今の横綱と比べる方がどうかしています。
 私など、ボクシングほど相撲には興味がありませんが、初代若の花のビデオを見て、その技の豪快な切れ味に戦慄しましたよ。
 ただお断りしておきますが、私は、今の横綱を貶めているのではありません。だから、たとえば貴の花の素質なら、昔の地獄の稽古をくぐり抜ければ、双葉山の時代でも三役以上までいくと考えます。
 ボク板でも「現役最強が常に史上最強」という方は多いと思います。
 しかし、その意見は、体育競技の中のボクシングの位置を、をきちんと歴史的に見ていない気がします。
 あくまで私見ですが、1950後半から〜70年代は、前近代的な荒々しく野性的な時代性と、ボクシング技術の向上が、絶妙にクロスした真のボクシングの黄金期と思います。
 (これは、黒人や中南米の名チャンプたちの活躍によります)。
 だから、いくら頑健でも、まだスポーツとしてのボクシング技術が発展途上だった20世紀初頭の名チャンプは、60年代の名チャンプに勝てないでしょうし(現行ルール試合という仮定の下で)。
 逆に90年代の名チャンプも、60年代の名チャンプに勝てるなどとは簡単に言えないと思います。
(ウィラポンなど論外。ただしロペスはグレートだ!)。

36 :35:01/09/23 00:21
ちなみに僕の意見ではさすがに「昔>今」とは思いませんが
双葉山=今の幕下 は言いすぎ。
明治〜昭和初期の横綱で今の三役、栃若くらいになると大関、
柏鵬以降になると今とさほどかわらないいんじゃと思います。

37 :文系:01/09/23 00:55
こんな比較の仕方はどう。
まずその当時の力士の平均体重あるいは日本人男子の平均から偏差値を出すんです。
計算の仕方がよくわからんけど、そうすれば常陸山と武蔵丸が同じくらいの値になって比較しやすくなるんじゃないかい?

38 :待った名無しさん:01/09/23 15:18
現代の力士が明治、大正、昭和30年代以前に生まれてたら、
もっと貧弱な身体になってたに違いない。
逆に常陸山や双葉山らが昭和50年ごろに生まれてたら、
貴乃花並みのガタイになってたに違いない。

時代が違う力士を単純比較して、
今の力士のほうが強いって言うこと自体、
全く意味の無いことでないの?
その時代にどれだけ傑出していたかの度合いで、
最強力士を判断すべきではないか?

傑出度からすると、
残念ながら貴乃花は双葉山、大鵬、北の湖、千代の富士らより格段に落ちる。
大して強いライバルもいなかったのに、
輪島と競い合って24回優勝した北の湖の記録にすら、
何一つ及んでないんだから。

22度目の優勝など、噴飯ものだったし。

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